short novel

擬似的な私





「……それでは、なぜ、あなたは自分の中の現実をその美しい世界で支配してしまわないのですか?」



 まだこの人は、私が逃げられないのを知っていながらも、私にリスクを重ねさせるのか。私はどうすればいいか決められないままなのに、やはり私の口からは答えが出ていた。


「そんな世界は空虚なままじゃない。偽物は本物には敵わない。だから私は嘘をつきたくないしつけない。

それに存在を否定され続けた私は、存在を否定することはできない。受け入れてほしい私が拒否することをできるはずがない。たとえそこを利用したり拒絶したり他にもひどいことをする人しかいなかったとしても、私はリミッターをつけてそれを何とか避けることしかできない」

「では、なぜ、あなたはその美しい世界を書き続けるのですか?」



 いくら内なる声でもしばらく答えることはできなかったが、それでも答えを見つけ出した。





「……私がきっとまだ、私の世界が存在できる可能性を信じているから」



「それにあなたが、自分の求めている人の存在も信じているからだ」



 彼はいきなり微笑んだ。私はとっさに目をそらした。



「やはり、あなたはその人と同じ本物だ。自分の世界が否定されることを知りながらも、存在をあきらめることはできない」

「そうよ」



 私は複雑な気持ちでカップの中のコーヒーの黒い水面を見つめていた。半透明の幽霊みたいな私が映っている。この私は、どっちの世界の私だろう。



「だけれど、そこには恐怖や悲しみといった感情もある。それもリミッターを外すことで増幅されてしまう。私は、この世界で時間を重ねることによって穢れていく。たとえリミッターをつけても時間と周りの悲しみと愚かさの影響から逃げることはできない」

「それはあなたが透明でもあるから」

「形がないからでもあるのよ」

「だからこそあなたは何にでもなれる」

「でもそのせいで私はいつも不安定でしかない」

「だから、他者の存在を求めてあるいは形にすることを求める」

「だけれど、そこにはいつもリスクがついてまわる」

「怖くなりましたか?」



 突然の問いに、私はびっくりして半透明の私から目を離した。

「何に?」

「自分に。あなたもあなたを恐れてるんじゃないですか」

「私が恐れてるのは私を傷つける人。受け入れてくれない人。私を信じてくれない人。私を見つけてくれない人。私の世界を歪めたり消そうとする全ての人よ」

「だからあなたも自分を恐れている。現実に染まって、あなたを消そうとしているから」

「まさか……」



 私はコーヒーの中に囚われた半透明の自分を見つめる。しかしその虚像は時々私の息に揺れて姿が揺らいだ。


「あなたは安定する場所を求めている。安定させてくれる誰かを求めている。だけれど、その過程で世界に限りはつかない。あなたは目をそらすことはしない。たとえあなたの周りにどんなひどい人があふれていても」

「それはない。いつか私は、全てを失うだろう。20になったら。あるいは大人になったら。でもだからこそ私はまだ安定したくはない。だけれど、それまでに居場所を見つけておきたいのも事実」

「さっき偽物は本物に勝てないと言ったじゃないですか。それと同じで表面上のものが芯に勝てるはずがない。自分の言葉くらいは信じてください」

「いいえ。私の世界が永遠に変わり続けるように、この一瞬は消えてしまう」

「本当に自分のことを何も分かっていない。それでは、あなたは文章を書く意味がない」


 『あるわ』と答える前に、ふとある疑問が頭をよぎった。





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