short novel

擬似的な私



「まさか。そんなもったいないことを選ぶはずがない。リミッターで抑えているものは素晴らしいものですから」

「そう思うの?あなたはその人の理由を聞いたんですか?」

「このくらいにしておきましょうか。僕は同じ状況の人にしかこの話をしたくありません」

「リミッターを知ってます」


 彼が話を止めようとするから、私の声でそういう言葉が聞こえた。自分でも驚く前に、リミッターが最後の働きをしてくれた。


「私の友達にもいるんです。そういう人が。私より……」



 働きは途中のまま、リミッターはついに外れた。だいたい、私が自分の手でそんな薄っぺらい世界を創ることを許せるはずがない。いつものことで分かりきっている。



「そうですね。その人もそうでしたが、あなたも同じだ。その人は自分の世界を隠すことはできない」

「そうよ」


 すでに私はそう言っていた。思えばこの人が悪い。なんで感謝されてもいいはずの常連にこんなことを言うのだろう。

 もしかして、私の事でクレームが来てるとか?いつも一杯だけで長時間いるからよく思ってないとか?


「よく分かりました。やはりあなたはその人と同じ理由でリミッターをつけている」

「私と同じ理由?じゃああなたのお友達はいい年して、この世界、現実が怖いからなんて理由でリミッターをつけてるの?」


 もうどうでもよかった。現実世界の人間なんて、全て本来の私の前にひれ伏せばいい。自分の汚さと愚かさを悔やめばいい。


「そうですよ。その人は、現実世界に自分の世界を存在させることを恐れていた」

「現実世界が自分の世界に勝てるはずがないのにね」

「分かってるはずですよ。現実世界は信じたくないものでも、そこに存在する自分は信じなければいけない。そして、自分で創り出した世界に自分は存在できない。存在できるのは、創り出した自分のみ」


 私はもう私ではなかった。私の内なるものが私の口を使って話し出した。


「そう、私でも疑似的な私だけ。現実世界でリミッターなんてものをつけて嘘の自分を演じながら、自分の創り出した世界で本物の自分になろうとしても、この体がそうすることを許さない」



 気がつけば、私の頬にあたたかい雫が流れていた。

 私はどこでも花畑に埋もれることもできなければ、ただずっと笑っているだけも許されず、愛する人の手をとることもできなければ、誰かのずっと近くにいたいという願いさえも叶わない。永遠に変わらないこともできなければ、時計の針から逃れることもできない。


「でも、他にどうすればいい?誰が私を理解してくれる?誰が私を傷つけないでいてくれる?誰が私をずっと見つめててくれるの?」


 この期に及んで、目の前の人は何も言わなかった。だからといって、私から目を離すこともしない。

 その目が何を言いたいのか、私は理解することができなかった。ただ透明なだけの色をしている。


「それはこの世界にいる全てではないでしょ?この世界にいるうちの何人?そして、その人たちは少なくとも私の近くにずっといてくれるの?私を愛してくれる?」



 何を聞いても、彼は何も答えてくれなかった。答えられないのかもしれない。私を引きずり出しておいて何なんだろう。



 こんなんだから、私は未だに完全に呼吸をできないままだ。それでも私は呼吸しようとあがく。



「そんなの誰もいない。少し片鱗を見せれば純粋だの天然だの癒しだの何だの言ってくれる。でもずっとそれはみんな都合のいいように形を制限されたものにしか聞こえない。

それか私のリミッターを嫉妬だか偏見で、私を計算だの嘘だの言ってくる人もいる。
私がどれだけ姿を見せても、見つけてくれない人もいる。

だから私はどんなに不完全でもどんなに意味のないものでも、リミッターなんてものを創って外すことができない」



 何だか空しくなってきて、私はリミッターを半分つけた。このままリミッターを外したままでも何の意味もない。私が悲しみに支配されて、何も考えられなくなるだけだ。そのうち一般的には大した罪もない彼を私の世界に巻き込んでしまう。



 今だったらまだ、すっきりしただけで済む。



 やっと少し冷めただろうコーヒーを一気飲みして時間を稼ごうとしたその時、彼はやっと声を出した。





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