short novel

風吹




 急に髪が風に重力に逆らって流れる。私の頬を撫でたかと思えば、視界を黒い線でいっぱいにする。あたり一面の夕日に照らされて金色に見える草は、その線の隙間からやっと見えるか見えないかだった。



「リン!!」


 私はずっと聞きたかったその声に、抑えきれない黒い線をなんとか顔からはがして、翼竜に乗った愛しい人の姿を見つけた。


「ハヤテ!!」


 彼のところへ駆け寄ろうとすると、足元の草が私の行く手を阻む。風の抵抗もあって、足が草で縛られているかのような錯覚さえする。


「ハヤテ、冬までは帰ってこれないって言ったじゃない」


 彼は昔から翼竜を手慣づけるのが得意で、その能力が王の目にとまり、王都へこの春から行っていて冬には帰ってこないはずだった。それがどういう風の吹き回しか、3か月も早く帰って来た。私が嬉しさで一杯の胸を抑えて見守っていると、ハヤテの乗っている翼竜がだんだん近づいてきた。その羽ばたきの勢いで風がさらに強くなる。突然風が強くなったのは、あの翼竜のせいだったようだ。


「今、そっちに行くから待ってろよ!!」


 その風に負けずに叫んだ声は、どうやら私が彼の名を呼んだところだけは届いたらしく、彼が大声で叫び返した。彼が乗っている翼竜は、周囲の草を全て低頭させて下りてくる。いくら人間に飼いならされているとはいえ、さすが竜の眷属だ。


「リン!!」


 彼は翼竜から降りるなり、直ぐに私をギューッと抱きしめてくれた。この力強さ、あたたかさが懐かしくて、私は涙が出てきそうだった。しばらくして、彼は私をそっと離して言った。


「ここで翼竜の貿易会社を作ることになったんだ」

「それって……?」


 それだけなら喜ばしいことだが、何か後から続きそうなので、私は首をひねって聞いた。


「ずっと一緒にいられるってこと」

「本当!?嬉しい!!」


 私はあまりの嬉しさに思いっきり抱きついた。


「こらこら。勢いつけすぎ。転ぶだろ」


 ハヤテはまたそう言いながら、私をそっと体から離して言った。


「お前のおじさんやおばさんに早く知らせなきゃな」


「えっっ?」


 いきなりのことに、私はそれしか言い返せなかった。そんな私に、ハヤテは私から目をそらし、照れたように言った。


「やっとリンをお嫁にもらえるだろ」

「なっっ……!!!」


 あまりの嬉しさに私が何も言えずにいると、ハヤテは私の手を引いて歩き出した。そして思い出したように首からさげた笛を吹くと、翼竜はどこかへ飛んで行った。私はそのまま何も言わずに、彼の後ろ姿を見つめていた。ここから全てがはじまる。この景色を目に体に心に焼き付けておきたかった。





 視界の隅に映る金色の草は、風に吹かれて楽しそうに踊っているようだった。




Fin.

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