short novel

悪魔とおかしな回想




「君のお父様は君たちの一族を繁栄させるために、俺が力を貸したんだ。君の命を代償としてね」


 確かに最近、ずっとうまくいかなかったお父様のお仕事がうまくいっていることには気づいていたけれど……。


 まさかそんなことがあったなんて。私は驚いているというよりも、状況が悪魔に抱えられている絶望的な理由を知って『代償』という言葉の意味もあまり深く考えられなかった。



「だからってお屋敷ごと燃やすことないじゃない!」

「だってあいつ、君のことを俺に差し出すことに抵抗したんだぜ」


 その言葉を聞いて、私はお父様がそこまで冷酷ではなかったことに安心した。


「お父様は悪魔に魂までは売らなかったのよ」

「どうかな。周りの人間をためらわずずいぶん殺していったけれどね。自分がかわいいなんていかにも人間らしい」


 悪魔は何が楽しいのか、抱えられている私まで揺れるくらい大笑いした。その笑い声は明るく無邪気なものであるはずなのに、何か背筋をゾッとさせるようなものがあった。



「でもそれは、守りたいものを守るためよ」

「すぐに正当化するところも『お父様』にそっくりだな」



 悪魔はそう言って何の前触れもなく、私を地面に下した。


 いきなり地面に足がついたので、その感覚にとまどいながらも何とか地面に足を落ち着かせた。



「さて、全てを知って君はどうするのかな?」


 声のした方に目を向ければ、悪魔の目が数センチあるかないかの近さで、蛇のような瞳孔がさらに細くなったのがよく見えた。



「私の意志なんて関係なしに殺すくせに」

「そんなふうに思われているなんて心外だな」


 悪魔はそう言って、さらに目を細くした。


「悪魔の一番好きなものを知ってる?」

「……知らないわ」

「人の悲しみや苦しみだよ。死にたがっている人を殺すのなんて全く俺の好みじゃない」


 ののしりたいの気持ちを抑えて、私は悪魔の目から視線を離さずにいた。私はその時本当は恐怖に支配されていたのかもしれない。


 だけれど、その恐怖は私を完全に支配するには不十分だったのか十分すぎたのか、私は何も怖くなかった。





「だから、君の運命をちょうだい?」




 当然、その言葉もまったく恐ろしくなくて……。





「とれるものならとってみればいいじゃない」


 悪魔の真似をして、微笑んで言い放った。


「その代り、私があなたの運命をもらうからね」



 その時になってようやくその悪魔は私を私として見たようで、じっと私を見つめた。




 その表情に、私の胸の奥で何かが少しだけ動いたような気がした。





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