short novel

悪魔とおかしな回想




Scene 1


「この悪魔!離して!」

「褒め言葉をありがとう」


 私がいくら口にするのもためらわれるような言葉を発しても、相手は何も気に留めない。いやむしろ喜んでいるくらいで……。


 私はせめてもの抵抗をするために、体をよじって何とか私を抱えている相手の腕から逃れようとする。



 炎上するお屋敷を見ることはもうできない。振り返ることも許さないこの悪魔の背には、コウモリのような真っ黒の翼が生えていて、おしりには矢印の形のしっぽが見える。そう、文字通り彼は悪魔なのだ。



 私は、リゼ。本当は全部言えるまで数秒かかるほどのもっと長い名前なのだけれど、今は頭の中とはいっても数秒かけて名前を言っている場合ではない。



 さきほどいきなりこの悪魔が現れて、私が住んでいたお屋敷をあっという間に火の海に沈めてしまった。


 お父様やお屋敷の人は事情を全て知っているようだったけれど、私には何も教えてくれないまま、火の手にのまれてしまった。もう、多分……。


 余計なことを考えている時間はない。私はこの悪魔の手から早く逃れなくてはならないのだから。


「何で私のことだけ生かしておくのよ!」


 私がいくら暴れてもびくともしない腕から逃れるのはあきらめて、私は違う作戦にうつった。


「あれ?死にたかったの?」

「そういうわけじゃないわ!」


 動くのを止めたとたんに、私の足にフリルの多いスカートがまとわりつく。それは無理やり自分の力でこの悪魔から逃れることをあきらめた私を責めているようでもあった。


「君の『お父様』から聞いてないの?」


 悪魔は足を止めることなく、不思議そうに聞いた。そこにはやはり、楽しんでいる感じを隠せずにはいたけれど。





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