short novel

sunset






「……落ち着いた?」


 私の頭をなでる手をいったん止めて、柴崎君が聞いた。何だか余裕のある彼の言葉に私は少し悔しくなって、顔をあげて聞いてみた。


「ねぇ、……柴崎君は止められないほど涙が出たことってあるの?」


 心配そうに私を見ていた柴崎君の顔が、少しさみしそうにゆがむ。……聞いちゃいけないことだったかもしれない。


「あるよ」


 さみしそうでも、彼は笑顔を崩すことはなく答えてくれた。


「俺にも好きな人がいてね、その人はとっても控えめでかわいい人なんだよ」


 好きな人のことを話す柴崎君の様子を見ているだけで、何も知らない私にも柴崎君がとってもその人のことが好きなんだって伝わってきて幸せになった。



「でもその人には別に好きな人がいたんだ。だけれど俺はその恋が実らないことを知っていたから、悲しくてね。おかしいだろ?自分のこと以上に悲しいんだよ。もしその人の恋が実らなければ、俺にもチャンスがあるのにさ」


 そう言って自嘲気味に笑う彼の声は、なぜだかやわらかかった。


「でもね、その人は本当にまっすぐな人でね、とっても怖がっていたのに逃げないで自分の気持ちを伝えたんだよ。本当に太陽みたいに眩しい人だよ」


 『だからこんなに悲しくなるんだろうな』そう言って笑う彼の顔には、さみしさとか悲しみよりも誇らしさでいっぱいで、私はしばらく見とれてしまっていた。



「本当はその目のおかしいふざけた奴をぶっとばしてやろうと考えていたんだけれど、そんなこと望んでないでしょ?」

「うん……って何で私に聞くの?」


 勢いで答えてしまったら、柴崎君に大笑いされてしまった。何だかその声はあたたかだったから、私は怒る気にもならなかった。


「もう少し落ち着いたら話すよ。今日は帰ろうか」


 柴崎君は立ち上がると、私に手を差し出した。私はその手に手を伸ばす前に、そっと聞いてみた。


「ねぇ、……明日も会ってもいい?そこの向日葵もう少しで咲きそうだから」

「いいよ。俺も明日もその向日葵見に来る予定だったから」


 『ちゃんと大きくなってよかった』柴崎君はそう言いながら、私の手を引っ張った。その声は軽かったけれとってもあたたかで、私はその声にききほれて転びそうになった。



 もしかしたら私が気づかない間に、柴崎君もこの向日葵を見に来ていたのかもしれない。



 柴崎君が私を支えてくれた時に、向日葵が夕日をじっと見つめていたのが私の目に映った。



 それを見ていたら、何だか明日からの夏休みが楽しみになってきた。





sunset
たとえ太陽が沈んでも
ずっとあなたは見守ってくれるのね



fin.

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