short novel

再会は無記録




「僕の大切なものを守ってくれた君にお礼がしたかったんだ」


 影は僕に会えてとても嬉しいそうにそんなことを言ったけれど、僕を余計に混乱させただけだった。


「お礼に君の大切なものをあげようと思って。僕の大切なものを奪ったすべての人の大切なものを奪って」



 僕はやっとこの時になって、やっと影の正体が分かった。



「まさか……。お前は『奴』か!?」


 僕の言葉に影は首をひねった。しかしそれは瞬間的な出来事で、影はなまあたたかい声で言った。


「僕には名前なんてないけれど、君がそう呼びたいならそれでもいよ」


 影はそれだけ言うと、何の前触れもなく身をひるがえした。


「待て!!」


 僕が逃走する奴を追いかけると、影は一度だけ振り返って言った。





「またね」





 次の日僕が目を覚ますと、僕の部屋には『奴』から盗まれたものが散らばっていた。


 そしてあの日を境に、『奴』による窃盗は幻のように消えてしまった。誰もが僕が『奴』から取り返したと思っているが……。





 『奴』の本当の名前は誰も知らない。


再会は無記録
すべては僕の記憶の中だけに





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