short novel

春雨



 春の雨が絹のように細いのは、やわらかいからだろうか。



 窓の外から目を離し、目の前に広がる長い艶のある黒い髪を手に取って考えていた。


「で、何の話してたんだっけ?」


 気がつけばいつもと何も変わらない感じで、その言葉は僕の口から出ていた。


「……別れようって話してたんだけれど」


 髪を手に取られて不安なのか、彼女は僕の手をじっと見ている。


「隣のクラスの遠藤だろ?」

「……本当になんでも知ってるのね」


 僕の言葉に彼女が驚いているという感じはしない。それは、いつも彼女のことばかり目で追ってしまう僕にはよくあることだからだろう。



 ……だから、いつか、こんな日が来ることは分かっていた。



「でも、あいつ彼女いるよ」


 彼女が僕の手を見ていることなんて気にせず、僕は手の中の彼女の髪をなでていた。


「知ってる。でも、あたし、好きじゃない人が他にいるのにこのままの関係を続けたくないの」


 外はあんなにジメジメしているのに、彼女のその言葉はかわいていた。



「……約束、破ったのはそっちだから」

「うん。……ごめん」

「あやまるくらいなら、あんな約束自分からしなければよかったのに」


 彼女はもう一度あやまって、泣き出した。それを見ても、思った以上に僕は冷静だった。


「未来は決まってないから。だから遠藤の答えを聞くまではあきらめないで」


 僕は彼女の表情をもう一度見る前に歩き出した。



 もし、こうなることを知っていたのなら、僕は彼女を愛することを選んだのだろうか?そしたら、未来は変わったのだろうか?僕は彼女を悲しませなかっただろうか?


 約束を破ったのは、全てを壊したのは彼女の方なのに、僕の心の中は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。



「全てが知りたいと思うことに罪はあるのでしょうか」



 そんなことをつぶやいたような気がするけれど、雨の音で誰も聞く人はいなかった。




 触れる前に消えてしまうから、春の雨がやわらかいのか僕らは知ることはできない。


 だけれど、春の雨が少ししょっぱいということを僕は今日知った。




春雨
これまでも聞けなかったことと
これからも言えないこと




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