僕と魔王と新学期 「そういえば、姫って誰なんだ?」 そんな大橋君を見てられなくなって、僕はまた空に顔を向けて聞いた。 「クラス副委員長の木下さん。分からないだろうから言っておくけれど、江本の隣の席の女子だよ。気づいてないだろうけれど、クラスに溶け込もうとしない江本をずっと心配してたんだぜ」 「もしかして、メガネかけてて髪の長い人か?」 「そう」 思い出した。今朝魔王から手紙が来たという騒ぎになって僕を心配してくれていた人だ。ずっと僕なんかを心配してくれる人がいたなんて気づかなかった。 嬉しかったけれど、嬉しいというよりは、これからは心配かけないように頑張らなくちゃいけないなと思った。 「江本さ、素質あるから野球部入らないか?」 これから『姫』や『魔王』のために頑張ろうと決めた僕の耳に、魔王のお言葉が聞こえた。 「もう2年なのに? 全く僕は野球経験ないんだよ。それに、いくら魔王でも、僕の運動神経のニブさはどうしよもできないだろ?」 僕は魔王みたいな野球が上手な人に褒められて嬉しかったけれど、やっぱり、いくら魔王でも魔王と名乗っていても、現実は変えられない。 「あのな、何でも楽しめる奴が、一番素質あるんだよ。キャッチボールあんなに楽しそうにやっていた奴のくせに、よくそんなこと言えるな」 大橋君の方を見てみれば、相変わらず眩しいけれど、僕の隣よりも近くにいてくれる人のような気がした。 「……うん」 僕は大橋君から目を離さずにそう答えることができた。 今だったら、ずっと倒せないままでいるゲームの魔王を倒せるような気がしたけれど、きっとこれからも倒すことはないだろう。 prev/next |