short novel

僕と魔王と新学期







「キャッチボールしたいだけなら、最初から脅迫状みたいな手紙なんて出さないで、直接僕に言えばよかったじゃないか」


 大橋君と並んで屋上に寝転んで、空を見ながら僕は言った。


 ボールを一回も取れなかったのはもちろん、制服も汚れて、切り傷が風にしみたけれど、そんなに悪い気分ではなかった。母さんに見せたら怒られそうな格好だけれど。


「直接言ったら、江本は絶対いいよなんて言わなかっただろ。あるいは、いいよと言っても来なかったかもしれないし、こんな楽しそうにやらなかっただろ。今まで人に話しかけたくないって感じだったもんな」


 魔王は僕よりも僕のことを分かっているみたいで、僕がうなずくまでもないことを言った。


 何だか恥ずかしいというよりは、今までもったいないことをしていたなと思った。ゲームなんかよりも楽しいものは、こんなに近くにあったのに。


「それに、俺はキャッチボールしたいからあんな手紙を書いたんじゃない」


 僕がいつもより高く見える空に見とれていたら、気になる言葉を聞いたので、大橋君の方を見た。


「俺は江本に、日常は平凡でも何よりもおもしろいってことを伝えたかったんだ。今までだったらキャッチボールなんてしない江本も、ちゃんとここまでたどり着いて、俺とキャッチボールをしてくれた」


 彼は、やっぱり、魔王だ。僕の心を誰よりも分かっている。


 僕がもっとも恐れていたのは、魔王でもなく、先生でもなく、もちろん大橋君でもなかった。


 僕が恐れていたのは、人と関わることを恐れて、日常をつまらなくしていた自分自身だったんだ。そして、そんな自分を変えようとしなかった自分。変えないで、何もかもあきらめていた自分だった。



「だから、キャッチボールはぼろ負けでも、対決は江本の勝ちだ」


 そう言って笑う大橋君は、やっぱり僕にとっては遠い世界の人みたいで、眩しく輝いていた。

23/26

prev/next



- ナノ -