short novel

僕と魔王と新学期




「まさか、君が走ってすぐに向かうとは思わなかったからさ、君より先に来れて良かったよ」


 いつも通り自分のペースで勝手に話す、魔王。『悪役が後から来たらかっこ悪いもんな』なんて言っているその声の調子は、全然悪役っぽくはなかった。


 もちろん、何でその人がここにいるか聞くつもりはなかった。誰にも手紙を見せていないのに、屋上なんて鍵が閉まっているからめったに人が来ないのに、その人がここにいるというだけで、答えは十分だった。


「先生に何て言ってきたんだい、魔王」


 僕も相手に合わせて軽い調子で聞いた。


「けっこう簡単だったよ。『江本君が魔王に襲われていないか心配なので、探してきます』って言ったら何も言われなくてさ。そう言った本人を魔王だとは思わなかったみたいだね。やっぱり、クラス委員長を魔王だとは思わなかったのかな?」


 魔王である大橋君は、そう言っていつも通り楽しそうに笑った。


「何言ってるんだよ。日頃の行いがいいからだろ」

「そうか?」


 いつもとは全然違う僕を見ても、全く驚かないみたいで、大橋君はまた笑った。


「さて」


 大橋君は笑い終えると、制服の上着を脱いで腕まくりをした。僕は大橋君が何をするつもりなのか分からなくて、彼を観察していた。


「何ぼーーっとしてるんだよ。対決するぞ!」


 そうだった。そのためにここまで来たのだから。『決闘』という単語を出しても、恐ろしさの欠片もなくて魔王らしくない魔王でも、『対決』は忘れていなかったらしい。


 対決ということは、ここから殴り合いのケンカが始まるのだろうか?僕はケンカなんてしたことがないけれど、大橋君とだったらやってみたい気もした。あ、もちろん大橋君のことが嫌いなわけではないけれど、何だか、彼と全力でぶつかってみたかった。


 僕はそんな楽しみなようなやっぱり怖いような気持ちで制服の上着を脱いだ。



「よし、始めるぞ!」


 大橋君はそう言って僕に、何かを投げた。

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