short novel

僕と魔王と新学期




「先生」


 さっきまで怖かったのが嘘のように、僕は先生のことをしっかり見ることができた。


「魔王が僕をイジメているつもりなのか確かめに行きます。もし僕をイジメているつもりだったら、先生やみんなに助けてもらいます」

「魔王がそんなこと正直に言うわけないじゃないか。何を考えているんだ。おい、江本!」


 先生が呼び止めるのを無視して、僕は教室から走り出して、またトイレに入った。でも朝入ったトイレではなく、先生が追ってきたら困るから教室から離れたトイレ。


 そこで僕は、大橋君に渡された手紙を見直してみる。最初と同じく、表も裏も何も書かれていない封筒。それを確認してから、僕は中身を開けた。そこには、やっぱり半分に折られた手紙が入っていた。



『拝啓 江本孝太郎様
今日の放課後、屋上に来なさい。
そこで決闘をしましょう。
2−6の魔王』



 さすがは、魔王。僕の心はお見通しのようだ。僕がもう魔王と決着をつけたいということまで分かっているらしい。上等だ。もう、終わりにしよう。


 何だか、今の自分がいつもの自分とは自分でも全然違うもののように思える。


 今までは魔王と対決するのを怖がっていたのに、逆に決着をつけようと思うなんて想像もできなかった。


 でもそれは、がむしゃらになっているとか、自暴自棄になっているとかというのとは違う。

 逆に魔王を恨んでいるからとか、怒りを感じているからというものでもない。僕は魔王を倒せるなんて思ってもいないし。


 そう、これはきっと、一番僕が怖がっているものを知ったからだ。それと比べたら、魔王も先生も怖くない。

 僕が強くなったとかそういうわけでもない。魔王を倒せるかって聞いたら、迷いもなく無理だと答えるだろう。だけれど、僕にとっての対決は、勝ち負けじゃないんだ。


 屋上に向かって階段を上りながら、僕はやっと僕の心がどこにあるのか見つけることができた。

 階段を上る足を速めながら、僕はだんだん間隔が狭くなってくる自分の足音を聞いていた。屋上はいつも鍵が閉まっているから、めったに人が来ないからその音はよく響いた。


 だけれどそれは、同じ音のはずなのに僕がいつも放課後感じている寂しさとかとはかけ離れていた。

19/26

prev/next



- ナノ -