short novel

僕と魔王と新学期




「そうか? 俺、実はちょっと期待してたんだよね。本当に魔王が魔法をかけてくれるんじゃないかって」


 声だけで誰だかは分からないけれど、きっと僕とはあんまり関係がなかった人だろう。そして、これからも関係ない。僕は仲良くする気はない。仲良くしないために、名前くらいは調べておくと思うけれどね。


「本気で魔王が魔法かけてくれたらいいと思っている?」


 僕がそんなことを考えていると、大橋君の声がした。それはいつも通りの軽い感じなんだけれど、朝のことがあったからか僕は何か深い意味をこめているように聞こえた。


「そりゃそうだろ。魔王に魔法をかけてもらってさ、平凡な日常がゲームみたいに変わったらおもしろいじゃん」


 誰だか知らない男子は、大橋君の変化には気づかないみたいで、その声はこれ以上ないくらい僕の耳には軽く聞こえた。


「それが、どんな魔法だったとしても?」


 聞き間違いじゃない。大塚君の声はさっきよりも何かを隠しているような、変にやわらかい口調になっている。


「あぁ。俺だけじゃなくてみんなそう思ってるぜ」


 その男子は大塚君の変化にはやっぱり気づかないみたいで、平気で答えた。僕は振り返りたかったけれど、怖くて目の前の本を読んでいるふりをした。でも、もうずっと前からページをめくる手は動いていない。


「そっか」


 大塚君は笑いながら言った。でも僕にはその笑い声だけでも、愛想笑いだということは分かった。


「じゃあ何で、君も君が言ってるみんなも魔法をかけないんだろうね」


 口調だけは軽い。だけれど、背中を震わせることもできないほど、その口調は軽さとはかけ離れていた。もしかしたら僕が気にしすぎているだけで、他の人には普通に聞こえているのかもしれないけれど。


「何言ってるんだよ。俺たちは魔法なんて使えないからだろ?」

「君だって、魔法は使えるよ」


 不思議なことを言う大橋君に、男子は返答に困っているようだった。しばらく沈黙が続く。やっと、男子も大橋君の変化に気づいたのかもしれない。


「……そんなわけないだろ?」


 男子のちょっとバカにしたような声が聞こえた。それと一緒に、僕の後ろから遠ざかる足音も聞こえた。


 僕はこれ以上二人の話が続かなくて少しほっとしたような、何だかもう少し大橋君の話を聞きたいような複雑な気持ちになった。

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