short novel

僕と魔王と新学期




「魔王って?」


 大橋君は僕と違ってとっても目立つみたいで、というか魔王なんていかにも男子が好きそうな単語だからか、男子が群がって来た。


「このクラスに今日魔法をかけるって!」

「魔王って何者なんだ?」

「それよりも、姫っていうのは誰なんだ?」


 僕が大橋君から手紙を取るよりも早く、その男子たちにまで全て読まれてしまったようだ。口々に魔王や姫について話を始めた。


「昨日江本の下駄箱に、魔王っていう奴から江本に決闘を申し込む手紙が入ってたんだ。魔王っていうのが何者だかは分からないけれど、魔法っていうのは決闘の前置きなんじゃないかな」


 大橋君の説明を聞いて、みんなの目が一斉に僕の方を見る。僕は形があるその視線に耐えられなくなって、大橋君がそれ以上何か言う前に大橋君の耳元でささやく。


「魔王のことをみんなに話しても大丈夫なのか?」

「数が多い方が、魔王が襲ってきたとき守りやすいだろ?クラスでこんなことが起こってるんだから、クラスのみんなで止めないと」


 大橋君の言っていることは、もっともだったけれど……。

 何だか、僕には何よりも危険なことのように聞こえた。ひょっとしたらクラスのみんなを巻き込んでしまいそうだからもあるけれど、僕がそう思ったのは、本当は全然違う理由からだった。


「もしかしたら、この魔王って人は片思いしてる人がいるのかもね。姫って呼んでるくらいだし」


 後ろから女子の声がして振り向いてみれば、メガネをかけた髪の長い女子が立っていた。

 頭の良さそうな顔には、大橋君と違って僕を心配してくれているようで、うつむきぎみに何か考えている。彼女の顔は、どこかで見たことがあるような気がする。いや同じクラスなんだから、見たことあるのは当たり前だと思い直した。


 僕は心配してもらえて少し嬉しくなったけれど、慌ててその考えを振り払った。名前は分からないけれど、彼女こそが『姫』なのかもしれないのだから。


 いつの間にか男子だけでなく、僕らの周りには女子も集まっていて僕をちらちら見ながらひそひそ話している。どうやら、クラス全体に広がってしまったようだ。


「とにかく、わざわざ魔王がまた手紙を渡したってことは、『魔法』といわれる何かが起こるまでは、魔王は江本に何もしてこないってことだろう。江本は」


 さっきまでふざけ半分で魔王について話していたくせに、大橋君はたった一度口を開いただけでみんなを静かにさせてしまった。さすがはクラス委員長だ。朝隣にいて話していたのに、今も隣にいるのに、僕にとっては大橋君がどこか遠くの世界の人のように思えた。

12/26

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