short novel

僕と魔王と新学期




「……ちゃんと話せるかとか、間違えないとか、何て先生に言われるのとか……」


 聞こえないようにと願いながらできる限り小さな声で言ったのに、大橋君には全て聞こえていたようだった。僕の言葉を聞いて大笑いする。


「先生にあてられることよりそんなことが気になるなんて、頭がいいヤツは違うよな」


 笑い終わってからバカにするというよりは、しみじみと大塚君は言った。大塚君は空を見ながら、何か考えているようだった。だけれどそれは、空よりもどこか遠くをみているようでもあった。


 そういえば、あんなに昨日魔王からの手紙のことを楽しそうにしていたのに、手紙の内容にふれて話したのはこれが初めてだった。

 手紙について僕に何も聞かなければ、魔王とか姫が誰かを話しもしない。気を使ってくれているのかもしれないけれど……。


 まだ空ではないどこかを見つめている大橋君を見て、僕は急に怖くなった。何だか、大橋君が魔王よりも恐ろしいものに見えてきた。



「宿題やるの忘れたから、やらなきゃ!先行ってるね」

「宿題なんてあったっけ?」


 そんなことを言って走り出した僕を、大橋君は追いかけることもせず見送る。

 もちろん、宿題なんてない。だけれど、何だか、大塚君から逃げ出したかった。理由も分からないけれど、後ろを振り返ることなく僕は自分に可能な限りの速度で走った。


 校門が見えてからやっと、後ろを振り返ってみた。大塚君の姿はなかった。

 彼の足なら僕に余裕で追いつくはずだから、追いかけてこなかったのだろう。


 一人になったのを安心している半面、何だか取り返しのつかないことをしてしまったような恐怖感におそわれた。息も満足にできない頭では、何を僕は本当に恐れているのか考えることもできなかった。

9/26

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