short novel

僕と魔王と新学期



「それ。ゲームの招待状だろ?」


 大橋君に答える前に、どうやったら殺人予告状がゲームの招待状に見えるかよく考えてみた。

 さっき何度も文章を読み直してみたが、ゲームの招待状なんて楽しそうなものとは考えられない。


 こうしている間にも魔王が僕を狙っているかもしれない。そう思ったら急に怖くなって、できるだけ早く学校から離れたくなった。


 仕方ないから僕はあんまり聞きたくないような気もしたのだが、大橋君に答えを聞いた。



「だってそれ、クラスの中の誰かとバトルするんだろ?」


 大橋君は自分が話した日本語を僕が理解していないうちに、『魔王と戦うなんてカッコイイな』とか訳の分からない日本語を話し続けている。

 これ以上、よく分からない日本語が頭でぐるぐる回るのが耐えられなくなって、僕は大橋君に言った。


「魔王が僕を殺そうとしてるんだろう?」

「何でそうなるんだ?もう一回読んでみろよ。魔王は『近いうちに私と対決をしろ』って言ってるだけじゃないか」


 確かに、手紙に書かれていることはそうだ。でも、相手は『魔王』って自分から名乗る奴なんだ。よっぽど腕に自信があるに違いない。対決と言っている所から、ケンカだろう。

 ケンカをしたことはないのはもちろん、スポーツすらまともにできない運動神経の悪い僕が腕に自信がある奴に勝てるわけない。


「確かに魔王だから怖いかもしれないけどさ、相手はどんなに自意識過剰だろうとどんなにナルシストだろうと一人の人間で、しかも同じクラスにいるんだぜ。魔法とかは使ってこないだろうから安心しろよ」


 もしかしたら、本当にゲームの世界のような魔法を使う怖い魔王かもしれないと期待に似た考えを抱いていた僕の心を先読みされた気がして、大橋君から目をそらした。

 やっぱり、彼は僕の苦手なタイプで間違いなさそうだ。


「決闘が何だかはよく分からないけれどさ、こんな手紙書いてくるところからして、いきなり背後から暴力はふってこないと思うぜ」

「何でそう思うんだよ。魔王は僕を怖がらせて楽しんでいるのかもしれないだろ」


 大橋君は何がおもしろいのか、僕がそう言ったのを聞いて大笑いした。


「そうだったら、対決なんて言わないで、素直に殺しに行くって書くだろ?」


 そう言われてみれば、そんな気もする。この魔王は、僕のことを憎んでいるように見えるのに、悪口も書かれてなければ殺すや死ねといったことも書かれていない。本当は、僕のことを殺そうとしていないのかもしれない。


「楽しそうだから、俺も混ぜてくれないか?」


 ……いくら魔王が僕を殺そうとしていなくても、楽しんでいる大橋君のことを味方にしようとは思えない。僕の苦手なタイプだからっていうのも、もちろんあるけれど。

 そう思って、でもそんなことは言えなくて僕が答えられずにいると、大橋君はまた口を開いた。


「よく考えてみろよ。俺がいれば帰り道で魔王におそわれても、一人で戦わなくてすむんだぜ」


 そう言われてみればそうだ。やっぱり僕は魔王が怖いみたいで、僕は深く考える前にうなずいていた。後悔というよりも、何かおかしいことを言ってしまったんじゃないかと思った時には、もう遅かった。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」


 僕は何か引っかかることがあるような気がしたのだが、大橋君はそれを気にすることもなく、僕の腕を引っ張る。僕は靴下を汚す前に、何とかスニーカーに足をつっこんだ。大橋君に引っ張られるまま、スニーカーのかかとをはきつぶしたまま歩き出した。



 それは大橋君に引っ張られていたからではなく、ずっと後ろから魔王に見られている気がしたからかもしれない。



 こうして少し変わった新学期が、去年とは何も変わらない平凡な僕にやって来た。

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