short novel

背中合わせの願い







「何で謝っちゃったんだよ」


 月の光だけが照らす廊下を歩きながら、碧弥は不満そうにつぶやいた。


「だって、姫様が何と言ったって納得するわけないだろ?」

「後悔する前に前に止めてやることも、優しさだって蒼弥は分かってるはずだろ」

「だけれど僕たちが力を使うことで、攻撃しようとする人間をより怖がらせたりしていることに変わりはない。それに変わらないなんて単なる思い込みじゃないか」


 蒼斐の言うことに何も言えなくなってしまった碧弥は、しばらく月を見ているふりをしていた。今日は雲一つないので、三日月が綺麗に見える。



「……姫様だって愚かな人間が変わらないかもしれないなんて分かってると思うよ」


 碧弥が月を眺めていると、ふと蒼斐のそんな言葉が聞こえた。


「僕たちが今日やったことを許してくれるのも、破門にしないのも、そのことを分かってるからなんだよ」


 碧弥はそれは違うと言おうとしたが、なぜ違うのかが分からなくて、何も言えなかった。



「だけれど、変われる可能性を残しておくのが優しさの本当の姿なのかもしれない。だけれどね」


 いつもと違った蒼斐の様子を感じて、碧弥は月から目をそらした。


「そんなの、相手が変わるって決められた状態での話だ。それに、姫様を傷つけたり利用しようとしたことは何も変わらない。僕はそんな奴らを許しておくことはできない」


 蒼斐はいつもの彼からは決して想像できないことに、感情をあらわにして言い切った。



 それは碧弥がいつも蒼斐に言っていることでもあった。しかし彼の口から出るのは、自分と同じことのはずなのに、どこか違っていた。



 碧弥はその理由に気づいていたが、蒼斐が認めることはないだろうから言わなかった。





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