short novel

背中合わせの願い




 風は切れるものだかは知らないが、もし切れるとしたらこんな音がするのだろう。


 そんなことを考えながら、青年は次々とそんな音を立てて降ってくる矢を手に持った小型の刃物で次々と払いのける。


 それはとても常人では対処できないほどの量なのに、その青年はいとも簡単にやってのける。さらにはその度に、まるで軽業師のように身を宙へ躍らせている。



 加えて青年が立っているところは、高さ数メートルもある城壁の上だというのに、少しも恐怖を抱いてはいないようで、何のためらいもなく軽々と身をひるがえしている。


 城壁は数メートルも続くかと思われるほどの長さなのにもかかわらず、彼のいるところに矢が集中しているのは、矢の目的が城壁で守られているものではなく青年に被害を及ばすことにあるからかもしれない。



 青年によって払いのけられた矢といえば、前方の銀の鎧を身に着けた大群へと飛んでいく。


「パーーン!」


 その矢が地面に着くか、銀の鎧に当たるや否や、銀の海の中に真っ赤な花を咲かせた。



 ――ったく、俺が一本も入れさせねぇんだから無駄だって気づかねぇのかよ。


 青年は心の中ではこんな悪態をついているのだが、表面だけ見ていると、この地方特有の黒髪黒目のなかなか整った顔立ちで、加えて優雅な動作なので彼が誰かを魅了するために動いているという錯覚を抱いてしまいそうだ。


 彼が宙に舞う度、まるでそのために作られたかのような丈が腰まである緑の衣服が揺れ、金色の花のような紋章が太陽の光を受けて輝いた。



 止むことのない矢を払いのけ続けながら、銀色の鎧を着けた大群が近づいてくると、青年は急に叫んだ。



「まだか、蒼斐!」





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