short novel

チャペルの見える窓




「愛しているからよ」



 サナは何でもないことのように軽く言った。それはあまりに軽すぎて、乾いたようにさえ聞こえるほどだった。


「それは分かっている。隠れる場所も君たちの結婚式が執り行われるはずだったチャペルが見える窓にしたのも、身代金を渡す日時を君たちの結婚式がはじまるはずだった時にしたのも、それが理由だったんだろう」


 もう少しで音が街中に響くだろうチャペルの正午を告げる鐘は、この窓からでは風で揺れているのかさえも分からない。


 しかしこの街で一番高い街の中央にあり、人々に時刻を知らせるために大きな時計をつけた時計塔と呼ばれるこの建物こそが、チャペルが一番よく見える建物なのだった。



「でも何で裏切った男とその離婚相手にまでそんな親切にするんだ!何で離婚相手の仲を取り持つような真似をするんだ!」


 その男は、初めてサナの前で本当の姿を現したような気がした。サナはそのことに少し驚きはしたものの、やはり当然のことを言うように軽い口調で答えた。




「愛しているからよ」




 よほどのことがなければ動揺することがなさそうな男は、その言葉を聞いてサナにも分かるほど動揺していた。その表情をサナは少し楽しみながら、単調に続けた。


「もう分かっていると思うけれど、もともと何の財産もないジェイソンと結婚することは、誰の祝福もされないことだった。でもね、私たちはお互い幸せならそれだけで良かったの」


 サナはそこまで言って少し自嘲ぎみに笑って続けた。


「ジェイソンの浮気を知った時は、彼を許せない気持ちもあったけれど、それよりも彼に幸せになってほしいと思ったのよ。だから気づいたの。裏切られても、一緒にいられなくても、何を失っても彼のことを愛しているんだって」



 サナは今にも泣きそうな顔をしていたが、それはとても穏やかな表情だった。光が当たっているわけでもないのに眩しくて、男はしばらくサナから目が離せなかった。



 もしかしたら、女神はこんな顔をしているのかもしれない。男はそんなことが頭によぎった。




「まぁこんな感情、理解できない方が正常なんだろうけれど」


 サナのその言葉が合図だったかのように、やっと男は元のつかみどころのない表情に戻ってしまった。



「正午を過ぎたらジェイソンのところに私の遺書が届いて、彼はきっと浮気相手のところへ行って、私のところには二度と戻らないわ」


 サナはまた自嘲気味にそう言うと、今にも消えそうな笑顔で続けた。



「だからそろそろ、あなたとのおしゃべりも終わりにしないと」





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