short novel

あの人へ花束を




 あの時あの人に言いたかったことは、『覚えていますか』だったかもしれない。



 もうすぐあの日から一年経とうとしている。そんな今日、実際にあの人に会うことは叶わないけれどあの人へ何か贈りたくて、私は近所の花畑に来ていた。


 花畑と言えば聞こえはいいけれど、実際は花よりも高さもばらばらな葉ばかりの雑草が生い茂る、誰の土地でもない荒地。

 誰の物でもないからか、まだ三寒四温の三の日が残っているのに、雑草は青々とした命を空へ精一杯眩しく感じるほど伸ばしていた。


 あの人が花束なんて喜ばないのは分かっていたけれど、私が思いつく贈り物はやっぱり花束だった。



 それとも……。


 花はいつか枯れて消えてしまうから、私はあの人へ花を贈ろうとしているのかもしれない。


 真相は私にも分からないまま、私は何もなるべく考えないように花を必死で集める。


 お店で買おうとも思ったけれど……。

 そんなことをしたら、あの人は喜ばない……というか気にするような気がして、私が知っている一番花がありそうなこの場所にやって来たのだった。



 やっと片手いっぱいになるぐらい集めた花束を見れば、お店で売っているもののように美しくはなかったけれど、あの人と似てとても安心するものだった。


 私はそれを見て、何かやりきったような気分になってそっと立ち上がった。




 『覚えていますか』なんて言わなくて良かった。


 あの日からずいぶんのびて背中の半分ほどまで届きそうな髪は、ちょうど吹き始めた春風に流れた。春先の風はまだ冷たかったけれど、どこかあの人のように優しかった。


 あの時だってきっとこれからだって、私はあの人に覚えてもらうことなんて望んでない。大事なのは形とか言葉にすることじゃないから。


 だからあの時に言うべき言葉は……。



 ……やっぱり今でも、思いつかなかったままだった。



 私は吹き始めた春風に、髪だけでなく体全てを任せるためにまぶたをゆっくり閉じた。



 この思いが少しでもいいからあの人に届きますようにと祈りながら。



あの人へ花束を
もしかしたら本当は
私のためだったかもしれない

0.3ミリ様の企画
「覚えていますか」参加文章

Written by 秋桜みりや
Thank you for reading!!



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