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72*

 

『夕方から大雨が降る予報よ』


 姉にそう言われたから傘を持っていけば、社内で傘を持っていたのは僕だけだった。……確かに、珍しく親切に寝坊した僕に天気を教えてくれるから、おかしいとは思っていたんだ。

 新年度早々、何て恥ずかしい思いをしたか。




「雨降るなんて大嘘だろ」


 帰って早々姉にそう言えば、姉は天使の微笑みを見せる。


「あら、だって今4月でしょ?」

「……エイプリルフールだと思ったか? 生憎今日は4月2日だバカ姉」

「あら、4月1日がエイプリルフールじゃなくて、4月は1日中エイプリルフールでしょ?」

「……違う」


 ネクタイを緩めながら、無邪気な姉に今日も頭を抱える。


「じゃあ、我が家はこれから4月は1日中エイプリルフールよ」


 ……冗談だろ? あっ、でも毎日嘘をつかれるのことが分かっている方が楽かもしれない。

 うん、僕が間違っていた。振り回される方が悪いのだ。そう思っていないとやっていられない。



「そんなことより、私のかわいい妹とはどうなのよ」

「妹はいなかったはずだけれど」


 姉と仲良しな僕の勤めている会社の同僚の女子を言っていることは分かっていたが、その人にも快晴なのに傘を持っていて笑われたことを思い出してそっぽを向いた。


 『桜吹雪からは身を守れそうだね』だっけ?

 姉にまだ数回しか会っていないのに、随分と姉化している。



「とぼけないで。この前みんなでカラオケしたじゃない」


 そうそう、何を間違ってかウサギの耳をつけて。イースターだっけ?

 確かに、姉といると普通のことを普通にしないとは分かっているけれど、あれはまさに天国と地獄だった。女の子がつけると最高にかわいいが、男がつけると最悪だな、あれは。


「お兄さんはあいかわらず無愛想だったわね。あのお兄様がいる限りあんたじゃ難しいわね」

「……勝手に兄も増やすな」


 姉はそんな僕の様子を見て、立ち上がった。夕ご飯を持ってきてくれるのかもしれない。そういえば、カレーのいいにおいがしている。


「はい」


 そう期待していたのに、手渡されたのは傘だった。


「……何のつもり?」

「早くささないと直撃よ」


 これ以上頭痛がひどくなるのは嫌だったので、僕は傘を広げる。まだこの家の中だったら許される。少なくともこの家には、もっと許し難いものが後ろにいるのだから。


「じゃあ行くわよ!」


 何が楽しいのか、姉の声が弾んでいる。その声のすぐ後に、傘に何かが当たる音。その音が何回かすると、足下に何か堅い物が当たった。確かに、通常のものよりも少し大きいかもしれない。そして痛みも少し強い。


「ねぇ、嘘じゃなかったでしょ?」


 傘の隙間から、少女の声が聞こえた。


「いや、嘘だね。飴が降るのは夕方だったろ?」

「そんな細かい男に妹は渡さん!」

「だから家の妹じゃない! ってかそこは僕を守ってくれてもいいじゃないか!」




 カレーが出てくる頃には、僕の頭痛はどこかへいっていた。


「カレーって、チーズをのせるとおいしいのよ」


 姉は僕のそんな様子を眺めながら、楽しそうに嘘か本当か分からない言葉を呟いた。





僕らの4月
これからこれが毎日なんて、まさに地獄と天国






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