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70*

 
「Trick and Treat!!」


 狭い個室にどう考えても余分な大音量が響き渡る。犯人は、魔女の恰好をした女と、黒猫の女の子だ。もはや歌うためではなく、騒ぐためだけの場所となっている、この場所。

 ……防音なのが悔しい。これでは誰も止めてくれないじゃないか。だいたい、叫ぶためにマイクを使うな!

 何てことを言ったら、さらに(?)悪戯をされそうだから止める。せめて、このフランケン(姉命名)の被り物のネジがもう少し耳の所までこないかな……。


「お姉ちゃんステキーー!!」


 かわいい声とうるさい声の違いは音量に違いない。おかしいな、社内では大人しいタイプなのだが。



 今日は僕と僕の姉さんと、同僚の女性と、その女性のお兄さんで仕事帰りにカラオケルームにいる。きっかけは、僕が僕の姉の話をした時のこと。僕は姉が迷惑だという話しかしていないのに、目をキラキラ輝かせて会いたいと言ってきたのだった。


 お兄さんがいるのは、簡単に言うと僕がいるから。知らない男(お兄さんにとって)のところに妹を行かせたくないのと、夜遅いから心配なのだろう。……この時点でかなりのシスコン疑惑が浮上している。

 ということで最初は険悪だった僕とお兄さんだったが、妹さんが笑っている様子を見てにこにこしている。口元にはりつけてあるドラキュラの牙なんて気にせずに。いっそのこと笑った状態ではった方が取れないかもしれない。


 ここでシスコン疑惑は確信となり、まともなのも後片付け役も僕のみということが確定した。



 そういえば、妹さんは最近あんまり笑ってるのを見なかったと思う。マイクで叫んでいるのは姉にあてられているからだとして。

 僕もそうだったけれど、会社で慣れたと思ったら後輩のフォローに入って、かと思えば先輩の顔色を窺って、それに気を取られていると自分の仕事が終わらない。

 後輩が見ているので誰かに助けを求めるわけにもいかず、新人ではないのだからそのぐらい分かるだろうと罵られ、残業ばかりの日々を過ごしていた。




「君のお姉さんはすごいな、弟よ」


 そうそう。姉の勝手に決めたルールのせいで、僕らは血が繋がってなくても兄弟(あるいは姉妹)と呼び合うことになっている。


「久しぶりに妹があんなに笑っているところを見たよ」

「家の姉はすごいですよ、兄さん」


 いろんな意味をこめて、僕は言った。金曜日で明日から3連休で仕事が休みだからって、羽目が外れているのもあるんだろう。……お酒は入っていないはずだが。


「えーーっ、妹ちゃん彼氏いないの?作りな!」


 僕らの束の間の平和な雰囲気は、姉の爆弾発言で終わりを告げる。


「そんなすぐにできないですよーー」


 何で、マイクを通して会話してるんだとかそんなことの前に、僕に身の危険が迫っている嫌な予感が背筋を駆ける。冷戦から、第二次きょうだい大戦に勃発しませんように。僕にできることは、必死に祈ることだけ。


 どうか、姉の次の発言がアレではありませんように。


「ウチの弟はいいわよ!!何をやっても許してくれて、笑顔で後片付け全部やってくれるのよ」

「本当ですか!?」


 誤報に妹さんの目が輝く。姉が爆弾を四方八方に投下する。1つは妹さんの方へ。もう1つはお兄さんの方へ。最後の1つは……。


「彼女いないからオススメよ!暇さえあればゲームばっかりしている根暗なところはあるけれど」


 姉の失礼極まりない発言よりも、背後から業火の熱を感じる。



「そろそろ歌おう!」


 これ以上火傷する前に、僕はデンモクの『迷ったらこの曲!』というボタンをタッチする。


「あーーっ、この曲好き!!」


 爆弾犯の魔女が曲に合わせて踊りだす。第一被害者の黒猫はそれにつられて回りだす。第一発見者のドラキュラはそれを見てにこにこして、また口元の牙がとれそうになっている。


 最大の被害者、フランケンは被害を最小限にした。しかしテレビの横にあったカボチャ型のランタンは、僕に投下された爆弾が爆発したことを見て笑っているようだった。



Trick and Treat and Trouble
姉弟and兄妹のハロウィン