65 この世界には"現実"という名前がある。 ミュージックプレイヤーのタッチパネルで曲を選ぶ手を止めた。 どの曲を聞いても同じ。私はただこの周りの雑音を、この耳に入れたくないだけだから。それだけのためならば、どの曲でもいい。 偶然手を止めたところで曲を再生すると、軽快なリズムはざわざわとした雑音と、ざらざらとした雨音を掻き消していった。 この世界には、絶対的な支配者がいる。 "彼"の前では、金も名誉も関係ない。だから私がいくら目を閉じて耳を塞いでも、関係なく私の内側へ入ってくる。 老いも若いも、男も女も、"彼"の侵略から逃れることはできない。"彼"の支配は、すべてにおいて平等。 "彼"の名は、"時間"という。 しかし、"彼"にも唯一手の及ばないものがあるらしい。 でなければ、なぜ私は未だにここに立ち止っているのだろう。忘れられない荷物をずっと引きずって、同じ名前を口にする。 私のその声なき悲鳴は、今日も彼には届かないのだった。 侵略者は私の心を見逃した 私は未だ、彼を忘れていない |