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 いつから、私は逃げていたのだろうか。なにから、私は逃げているのだろうか。



 最も古い記憶は、青年の横顔。月光が影を作っているので、彼の表情はほとんど読み取れない。苦しそうな息で、声も聞こえない。何か話しているが、言葉は形にならない。

 それでも、彼女が彼の言葉を覚えていないのは、聞いていなかったからか、聞こうとしなかったからかは分からない。それとも、記憶が古すぎて忘れてしまっただけなのだろうか。


 原因は定かではないにしろ、彼女はたった一言、彼の瞳から聴き取った。その叱声を今日も彼女は忘れられない。


『逃げろ!』


 その叱声のために、彼女は逃げているのかもしれない。星の瞬きを便りに、月光で照らされた銀色の道をできる限りの力で駆ける。



 彼は、あの後どうなったのだろう。そんな疑問は闇に飲み込まれる。

 自分が今無事でまだ走れるということ、明日自分が逃げられるのかどうか、そのことのみに彼女は支配されている。


 まるで太陽によって作り出される自分の影のような暗闇に、彼女は今日も逃れることはできない。



 それからしばらくして、彼女は足を止めた。追手が追いついてしまった。今日はここまでだ。


 彼女は自分の影を映し出す太陽から目をそらし、自分の陰をも飲み込む暗闇へ身を隠した。



太陽からは逃れられないように
存在からも逃れられはしない