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 水に浸っているようでした。


 彼女に後から聞くと、彼女はぼんやりとした目でそれだけ答えた。



「三日間で覚えているのはそれだけかい?」


 外はすでに真っ暗で、時計の針もすでに深夜を差している。薄い灰色の椅子にだらんとよりかかっている彼女は夢の中にいるかのように頷いた。

 その表情の原因を調べるためにずいぶん検査をしたものの、何も異常と判断されるものは出てこなかった。



 三日前、彼女は何の連絡もなく突然失踪した。夜遅かったので誘拐や、年頃の女性だったことから強姦や、鬱状態と周りから見られていたため自殺と様々な原因が疑われた。捜査は何の手がかりも掴めず難航したまま、三日間が経っていた。


 彼女の安否が不確定になりつつあった数時間前、彼女は突然彼女の家の周辺で発見された。着の身着のまま特に痩せた様子もなかったが、病院で一通り検査を受け、数十分前から署の一室で取調べを受けていた。


 しかし彼女の発する言葉は、どの質問にも同じ答えだった。それはその一言で全て説明できてしまうからなのか、それともただ独り言のようにつぶやいているだけなのか、量りかねていた。



「何も言えないなら絵を描いてみよう」


 年が近いことを最大限に活かせるように親しみやすい声で話しかけながら、一枚の真っ白のコピー用紙を渡す。


「ダメ。こんなのじゃ描けない」


 彼女はやっと違う言葉を発して、不機嫌そうな表情をした。ふらふらとする足取りでそのまま窓ガラスに向かう。


 鍵はかかっていたし、そもそも落ちても一階の高さなので、そのまま見守っていた。彼女は窓ガラスのある一点を指してはっきりと言った。


「私がいたのはここよ」

「そこ?」


 彼女の言っている場所がどこなのか量るために、窓ガラスへ近づく。


「違う!場所じゃない。こういう世界だったの」


 彼女は窓枠をなぞりながら叫んだ。


「でも今まで私はずっとそこにいたのよ。気づかなかっただけなの。でもこれからは違うわ」


 彼女は先程までの夢遊病者とはまた違う幸せそうな顔をして断言した。


「これからどんなに現実が汚れていっても、私はそこにいるわ」



 それから彼女は、二度と苦しむことはなかったという。



彼女の純度
本当に透明ならばどこにいても穢れることはない







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