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31*

 
「ハッピーバレンタイン!」

 出張から家に帰ってドアを開けると、姉の明るい声が聞こえた。


「……何のつもりだよ。ってかバレンタインは昨日だろ」

 僕が泊りがけの出張の帰りから疲れているのもあって、少し不機嫌そうに言ってしまった。


「昨日は出張でいなかったから、今日こそ渡そうと思って」


 玄関で靴を脱いでいる僕の目の前に、ピンクでラッピングされた包み紙が現れた。中を開けてみると、固まっているのが奇跡っていうレベルの茶色いどろっどろの塊が現れた。


「……これ、何?」

「フォンダンショコラだよ」

 僕が謎の茶色い物体から目を離さずに聞くと、彼女は怪しげな単語を言った。

 ただチョコレートと言っていたなら、僕は今すぐゴミ箱に捨てていただろう。そう言われなかったことで残念なことは、捨てられないから食べなくてはいけないということだ。


「料理下手なくせに、何で難しそうなの作ろうとするんだよ」

 必死の抵抗を試みて、わざと不機嫌そうな声で言った。

 しかし彼女はいつ覚えたのか、僕のカバンと上着をさりげなく持っていつもみたいににこにこしていた。やはり年の功なのか彼女の方が上手で、僕は疲れがどこかへ行ってしまったのを感じた。



「だって、食べてほしいじゃない」

「……えっ?」

「今年も仕事で1つもチョコをもらってない弟がかわいそうだから、食べてほしかったの」


 さらりと彼女らしくない言葉でかわされたものの、彼女のことだから責めることはできなかった。


「余計なお世話だよ。こんな何だか分からないの作って」

「それ、まだ成功した方だから」


 ……僕は出張で家に帰らなかったことを心から感謝した。

 彼女の戦場と化した台所なんて見たくもないこともあるけれど、そこで犠牲になった元は食べ物を食べなくてはならない被害者にならなくて済んだから。


「早く食べてよ。ただでさえ1日おいてるんだから」


 僕がよからぬことを考えているのが分かったのか、彼女はそう言って少しすねたふりをした。そう言われると、抵抗したくてもできないわけで……。



「今年のバレンタインも弟にしかあげられない姉のために食べるよ」

「何よ、それ!」


 彼女は笑いながらも、僕についてリビングに向かった。



少し遅れたバレンタイン
いつもあいかわらずな僕らへ






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