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※軽い流血表現あり






 鈍い音をたてて、人の体が倒れた。私はそれを聞き届けただけ。しかしその音は、すぐに夜の闇に消えてしまった。



 隣国に侵攻されてずいぶん戦いは長引いている。その戦いをなるべく犠牲を少なくして終わらせるには、この国の名前だけの権力者である私が、その権力と女であるということを使って、敵国の勢力を少しずつ削ぐこの方法しかない。


 この方法を始めた時から今まで、後ろめたさとかそういうものより……。こんな方法でしか、国や大切な人を守れない自分がとても虚しく感じる。



「姫様」


 暗闇の中からぼうっとした灯りとともに、やわらかな彼の声が聞こえた。


「来てたの」


 いつからそばにいたのだろう。私は動揺している内面を気づかれないように、つとめて冷静に答えた。


「お帰りが遅かったので」


 その先を言わないのは彼の優しさなのか、それとも私を恐れているからなのか。



「決して来てはいけないと言ったはずよ」


 私は彼にその光景を見せないようにその場から歩き出した。いつも着てるものよりはるかに丈は短いはずなのに、着物の裾が重い。



 だが私の足はすぐに先には進めなくなってしまった。


「姫様、こちらにどうぞ」


 彼が私の腕をつかんで示す方向を見れば、牛車が止まっていた。まさか牛車で迎えに来てくれたとは。


 私はもう立っていられないほど疲れ切っていたが、それでも牛車に乗るわけにはいかない。わざと赤い着物を選んできたから目立たないだろうけれど、ここにはしっかりと罪の証がしみついているのだから。


「迎えに来てなんて頼んでいないわ。さっさと帰りなさい」


 私は彼に気づかせないために、思ってもないことを口にした。


「そうですね。これは俺が勝手にやっていることですから」


 彼は灯りを地面に置くと、私の頭に手をおいた。



「だから、姫様が気にすることではありません」

「やめて!!私に優しくしないで!私を姫様なんて呼ばないで!私は、私は……」


 急に何かが内側からあふれて、体重を支えられなくなる。倒れそうになる私の体をやわらかく抱きとめて、いつもよりもさらにやわらかい声で言うのだった。



「知ってましたよ。毎晩明け方に帰ってきて、俺が気づかないとでも思っていたのですか?」

「放して……汚れるわ」


 私は彼から体を放そうとしたものの、力が入らなくて叶わなかった。


「姫様は気にしないでください。俺が勝手にやっているだけですから」



 そう言ってまた私の頭を優しくなでる彼の手に負けて、私はゆっくり目を閉じた。



それでも私が嫌いになれないのは
嗚呼、貴方がいるせいね






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