「よく考えてみたら、君のことあまり知らないよね」 私の大好きな優しい感じで頭をなでながら、彼は突然言った。あれから何カ月経った今でも、私は彼に全てを許すことはできなかった。 彼の側では安心しているように見せていたが、その演技は見破られていたことを示す一言だった。 「私のこと?ずいぶん知ってるじゃない」 『そんなこと言うなんてひどいわ』と少しすねたふりをすると、彼は謝罪のつもりか私の頭をなでていた手で私を引き寄せた。そのことに一時的だが心から安心していると、彼は言った。 「そうかもね。君がとっても真っ直ぐなことも、嘘も吐かないことも知っているよ。だけれど、君が嘘をつかない理由をまだ僕は知らないんだよ」 どうやら私の胸の前に移動したこの腕は、逃げようとしていた私を捕まえるためだったようだ。 至近距離なのにしっかりと私と目を合わせてくる彼の瞳の中に吸い込まれてしまいそうな気がして、私は目をそらした。 しかしそれでも、彼がそのまま私を見つめていることは分かった。 「……言葉にしたところで理解してくれるとは到底思えないんだけれど」 「だからといって、君がこれ以上本当に笑えないのも泣けないのも僕は黙って見ているつもりはないよ」 気づいていたのか。何が『よく考えてみたら、君のことをあまり知らないね』だ。私の頬を生温い液体が伝う。 「気づいてないとでも思った?」 その言葉と一緒に、私の頬には涙の代わりに優しい声が降ってきた。 「はじまりは私が決めたことじゃないから……。全てが嘘に感じるのよ。私の感情も、私が見ているものも、全部」 「うん」 彼は私が口下手なことも、感情に流されると余計上手く話せなくなるのも知っているみたいで、言葉の続きを待っている。 そんなことを言葉を介さなくても分かってしまう私も、彼のことを相当知っているなという思考が次の言葉を紡ぐ。 「だから、何も信じられないのよ。私が感じたもの全てが嘘になるのよ」 「うん」 私はそれ以上言葉を続けられなくなって、彼の方を見た。その先には想像以上に真っ直ぐに私を見つめている瞳があった。そこから目を離せなくなると、その瞳が優しく光った。 「じゃあ、全てが真実になるまで待っていればいいよ」 「待ってる?」 「最後まで残っていたら、それはどんなに嘘に見えても本当のものだろう?」 「そうだけれど……」 「それまでゆっくり待っていればいいじゃないか」 怖い夢を見た子供をまた夢の世界へ戻すように、優しく私の頭をなでてくれる。 「……まるで全てを真実に変えられるかのような言い方ね」 現実で長い間生きてしまった夢に騙されたくない子供は、それでも抵抗を試みる。 「そうだよ」 彼の瞳が優しい感じからあたたかい感じに変わる。怖がっている私のことも、もしかしたら見透かされているのかもしれない。 「全て真実に変えてあげるから、安心して待ってなよ」 彼の言葉は月の光のように、必要以上にやわらかくもあたたかくもなく、真っ直ぐに私に向けられていた。 真偽一対 嘘が見えるならばいずれは真実も見えるだろう |