よく晴れた日の机の上。開いている窓からの,そよ風がカーテンを揺らす。表紙が開いたままの日記帳は,簡単にページを風にめくらせた。太陽がその度に光りと影を創り,空白と文字が記された物語を紡ぐ。 6月20日 今日は待ちに待った文化祭! Hと回った。周りに言われるから、最初は少し離れて歩いていたけれど、そんなのどうでもよくなって、Hが私を見てくれるのが嬉しくて、結局いつもと同じように歩いた。 Hは最初びっくりしていたけれど、帰り道は笑っていたからそれも嬉しかった。 cafe catのパンケーキおいしかったね! 黒猫の顔がチョコペンで落書きしたらHにそっくりで笑ったね。 お化け屋敷、絶対リベンジしようね! 来年も楽しみ! 6月21日 今日は雨。Hはおだんご頭だった。雨だと髪が広がるらしい。Hは傘を忘れたらしいから、今日は一緒に一つの傘で帰った。Hは肩がぶつかる度にごめんと言っていたからおもしろかった。途中で雨が強くなったから、いつものカフェで雨宿り。昨日あんなにクラスの模擬店とはいえ、デザート食べたのに、よくあんなに食べられると感心さえする。雨の日は雨の日で楽しい。 風でページが飛ばされていく。カーテンが2回ほど往復したところで、ページは止まった。 12月24日 Hありえない! 今日はクリスマスイブだから、バイト入れないでって言っておいたのに、バイト代わっちゃうなんて信じられない! 確かに代わっちゃ行けないとは言ってないけれど、そういうこと考えれば分かるんじゃない? だめなの? はづさんのバカ。 せっかくクリスマス楽しみにしてたのに。今日なんて早く終わってしまえばいいのに。 12月25日 昨日のことを光は怒っていたけれど、クリスマスプレゼントを渡したらうれし泣きをしていた。女って難しい。でも、もう怒ってないみたいだったし、かわいいからいいやってなってしまうあたり、もしかしたら、男が単純すぎるのかもしれない。光の髪型はツインテールだった。 1月5日 今日は、クリスマスプレゼントにもらったおそろいの腕時計をつけてはづさんと初詣に行った。バイトを代わったのは、プレゼントのお金がどうしても足りなかったから入れてしまったそうだ。はづさんらしい。年末年始会えなかった分も日記を書いていないのも、はづさんらしい。ちょっと楽しみにしてたのに。 年末年始で会えなかったから、久しぶりに会ったはづさんは、やっぱりかっこよかった。素敵すぎる彼氏。私もちょっとでもいいから、素敵な彼女になれたらいいな。 おみくじは2人とも大吉。今年もはづさんといっぱい思い出作りたいなっ! 風がまたページをめくっていく。風に飛ばされけたページは、飛ばされきれずに1ページ戻った。 4月16日 光の髪はハーフアップっていうらしい耳の横の髪だけ束ねるの。2年生になってクラス替えをした。同じクラスではなくなったから、光はずっと元気がなかった。文系と理系なんだから仕方ないと言っても、納得しなかった。文理を決めるときには、一緒のクラスになりたいから理系になるといってだて眼鏡まで買って勉強していたけれど、光は英語ができるとテストの点数で証明されてしまったので、文系にいくしかなくなった。単位かかってるから、手抜きはできないからな。 今日も一緒に帰ろうとしたけれど、光は英会話部に入ったから、また一緒に帰れない。 暇だからこんなに長々と書いてしまった。 応援したいけれど、遠ざかってしまうのは嫌だ。どんどん変わっていってしまうようだ。 5月2日 今日、英会話のコンクールが終わった。やっと久しぶりにはづさんと話せると思ったら、日記を渡されて先に帰ってしまった。 とりあえず、4月16日の日記を読んだけれど、どうしたらいいのか分からないよ。はづさんは何を言いたいんだろう。私には分からない。話してよ、はづさん。 5月8日 GWは光のことを忘れたくてずっとバイトを入れていた。クラスも違うし、帰る時間も違うから会わないようにしてたのに、下駄箱でつかまってしまった。光は話したいといったから、いつものカフェで話そうとしたんだけれど、もう泣いていたから、初めて僕の家に行った。 いろんなことを話した。バイトのこと。部活のこと。クラスが変わったこと。この日記のこと。でも1番は、光が僕と一緒にこれからもいたいって言ってくれたことが嬉しかった。気づかないふりをしていたけれど、僕も、光と一緒にいたいって思っていることを話した。だから、これからいろいろ試してやってみようって思った。 バイトは土日どっちかは入れないこと。部活がない日は一緒に帰ること。一緒に帰れない分、お昼を一緒に食べようということ。この日記は、お昼の時に渡して、まだ続けること。人に見られないようにすること。何か変更があったら、すぐ連絡すること。 抱きしめたら縛ってないからか、光の髪からは良い匂いがした。ずっと抱きしめてなでていたくなった。 ページがまためくれれる。しかし、今度は風ではない。物音がした。だがその音は、そよ風がたてる音ではない。誰かの手が伸び、いすを引いて座った。 3月19日 とうとう、私たちもあと数日で卒業する。一緒の学校に通えるのも、あと数日。はづさんと私は別々の大学へ行く。でも、1週間に1回は会いに行こうって約束をした。そんな約束を何回もする私たちは、本当は不安でしょうがないのかもしれない。 今日は、久しぶりに会って、受験の打ち上げをした。思いっきりカラオケで歌ったけれど、何だかすっきりしない。 クラス替えで違うクラスになって落ち込んだ頃が懐かしい。あの頃の自分に会えたら、まだはづさんの近くにいられるんだよって教えてあげたい。でもそうしたら、その頃から未来のことを不安に思っちゃうかな? 止めた方がいいかな? 人の手が、ページを1ページめくる。その指には、シルバーリングが光っていた。目的のページを見つけると、その人は微笑んで手を止めた。風はしかだがないので、その人の髪で遊んでいた。 4月28日 大学生活は予想以上に忙しくて、卒業からやっと会えた。と思ったら、サークルの奴らに肩やら手やら触られていたから腹が立って、俺は計画を実行することにした。 光の誕生日プレゼントって形でごまかしたけれど、本当は他にも意味があるっていつか伝えたい。確かに、光はかわいいだけじゃなくてどんどんきれいになるから仕方がないのかもしれない。他の男が放っておかないのも分かる。今日みたいに髪をストレートにしてると、さらに大人っぽく見える。今日会ってきたばかりなのに、また会いたくなってきた。 その人は左手を伸ばして、筆箱を取った。その薬指にも、シルバーリングが光っている。 「懐かしいな。確か、誰かに見られるの恥ずかしくて、最初イニシャルだったんだよな」 「そしたら、同じイニシャルで笑ったよねぇ」 「でも、光は嬉しそうだったけれど」 「そりゃあ、好きな人と同じだったら、誰だって嬉しいでしょ!」 もう声よりも先に足音で気づいてしまうので、光は振り返らなかった。 「光、今日は俺の番なんだけれど」 そこでようやく、後ろの男性の声に振り返る。 「今日は私書きたいんだ!」 その人の声を仕草を口調を、葉月は出会った時と何も変わっていないと感じる。 「結婚式の時は、恥ずかしいから俺に書かせようとしたくせに」 「だって、それは、また違うでしょ?」 「じゃあ、その時と同じで」 「じゃあ、私先に書くから」 足下には少女がやってきて、光の長いボルドーのスカートを引っ張る。 「おかーさん、おやつはぁ? パンケーキって言ったじゃん!」 「これ書いたら作るから待っててねぇ」 「パパ型だからね! 黒猫さん!」 「パパ作ろうね!」 娘の母と似ているところを眺めながら、いつもそうなのだが、葉月の脳裏には、生まれる前暖炉のそばで娘のことを語り合った日々が思い浮かんだ。いつか、3人で日記をつけるのも楽しいかもしれない。それには、あと数年かかりそうだが。それもあっという間かもしれない。 そんなことを考える葉月の横を、春を感じる風がなでていった。ちょうど全てがはじまった日の匂いを連れてきた。 やさしいおもいで 時が経てば経つほどあたたかに |