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定位置となった君の隣



 時が来れば、分かることがある。
 だけれど、時が来なければ、分からないままのことがほとんどだ。


 夢を見た。いつもの、追いかけられる、夢。
 それは現実だったのか、それとも幻だったのか。何に追いかけているのか、なぜ生きているのか。そんなことさえ分からないまま遠くまで来たのに、それでもまだその感覚は残っていて。

 だから、いつもそんな焦燥が残っていて、そんな時には声をかけられなければ光にさえ気づかない。


 その声の名は、光といった。
 何がいいのか、どんな物好きなのか、こんな何にもない僕の周りをいつもうろちょろしている。


「ねえ、葉月くんは彼女いないの?」


 最初はそんな問いから始まって。


「ねぇねぇ、はづさん。今日の数学難しかったね」


 訳の分からないあだ名をつけられて。そのあだ名に返事ができるようになってからは、一緒に帰り道カフェにまで寄るようになってしまった。

 弁解させてもらえるなら、最初は放っておけば最初は飽きるか諦めると思ったのだ。何を間違ったのか、全ての沈黙は肯定と捉えられ、うるさく声をかけたり腕を引っ張ったりするからついて行くしかなくなって。あんまり無視してると泣きそうになるから仕方がない。移動教室や帰り道は目的地が同じだし。どうせ僕も光も高校生になってから部活には入ってないし、やることもない。


 この人が僕のことを好き? 

 まさか。そんなことは考えたこともない。物好きが変人をつかまえた。それが僕という、教室にいることさえ忘れられてしまうような小さな存在だった。それだけだ。

 それゆえ、周りがどんなに騒ごうが僕は知らないふりをしていた。
 だいたい、僕に彼女なんてできるわけないじゃないか。


「来週、文化祭あるじゃん? はづさんはどこ行くか決めた?」

「来週、だっけ?」

「来週だよぉ。もう!」


 この人は、いつもこんな語尾にはてなマークやらびっくりマークやら、小さな文字やら伸ばし棒がつきそうな話し方をする。


「そっか」

「で、どこ行くの?」

「何があったけ?」


 こんな興味のない会話でも何とか続けていけるのは、この人がものすごく変わっているからそれだけだ。

 信号が赤のため止まった。まだ話している。文化祭の出し物の話とか、自分の行きたい場所のことを話している。もううるさいな。いつまで話す気なんだよ。早く信号変わらないかな。

 向かい側に、女の人が1人立っていた。目を見張って、僕らの方を凝視している。何やら危険を発見した表情をしている。何が、何がだ。何がそんなに危険なのだ。

 視線の先を追っていると、こちらをまだ向いて話しているふわふわポニーテール頭が目に入った。まだ後ろへ進んでいるようだ。僕と目が合って、嬉しそうに目を輝かせる。近くに車の音……。


「危ない!」


 僕は慌てて腕を引っ張って光を止める。光は驚いた顔のまま僕の腕の中に飛び込んで。


「何考えてんだよ! ちゃんと前向いて歩け!」


 生まれて初めてこんなに大きな怒鳴り声を出した気分で。生まれてからこんなに怒ったことはないくらい腹が立っていて。でもそんなことはその時どうでもよくて。


 腕を放してその人の顔を見てみたら、まだびっくりした顔のまま、僕を見つめていた。この人、こんなに目がきれいだったのか。それから目がさらにキラキラ輝いて……。


「やっと、見てくれた」


 その一言で、僕の怒りはどこかへ飛んでいっていて。あやまってもらわなくてもよくなっていて。

 少し遅れてから、ああ、バカなことをしていたのは、この人じゃなくて、僕だったんだということに気づいた。









 その人のことを、私は詳しく知らない。


 高校に入学してから、新しい教室にも慣れて、だいたい誰がクラスメイトなのかも分かるようになってきて。そんな時、その人に目がとまった。

 男子は高校生になったし、違う中学校の人だし、進学校だしと期待をしていたけれど、そんなに変わりはなかった。恋愛のことや、体のことを何が楽しいのか、歪めて笑っているばかりだ。

 その人の声は、そういう話からはしないこと。それに気がつくのにそんなに時間はかからなかった。


 話してみたいな。

 素直に、そう思った。眼鏡の奥ではどんな目をしているのか。

 もしかしたら、他の男の子みたいにそういうことに興味はあるのかもしれないけれど、周りを考えないで話す人たちよりは興味がわいて。他の女子は先輩のこととか話しているけれど、そんなこともどうでもよくて。

 最初に渡されたクラスの名簿から名前を探し出して、葉月という名前だということを知った。


「葉月君、彼女いるの?」


 他の友達にもする話の内容をふってみた。葉月君は、携帯を見ていた目を少しだけこちらに向けて、すぐに携帯の画面に戻した。


「いないけれど」


 あれ? ここは否定するにしても、もっと明るく言ってくれるんだけれどな。何か違うなぁ。


「好きな子はいるの?」

「いないけれど」


 うん? これも違うのか。相変わらず葉月くんは無表情だ。

 横や後ろからは、興味の視線がささっている。


「話がそれだけなら、もういいかな」


 しまいには、追い出されてしまった。目はずっと携帯の画面を見たままだった。

 そんな葉月君の様子にますます私は興味がわいてしまって。その日は、どうやったら葉月君と話せるか、そんなことばかり考えていた。



「はづさん!」


 思い切って、私は次の日作戦を決行した。最初は予想通り振り向いてくれなかった。もっと近づいてもう一度呼ぶと、やっと視線をあげてくれた。


「それ、僕のこと?」

「そうだよ!」


 昨日お風呂の中で思いついた作戦は、けっこう効果があるらしい。不思議そうな顔を見ることができた。俯いてはいるけれど!


「何でそんな名前で呼ぶの?」

「えっ、えーっと……」


 これは予想していなかった答えだ。私は慌てて答えを探す。


「長かったから!」

「一文字しか変わらないけれど」

「いいじゃん、別に! じゃあ、はーさんとかがいい?」

「それでも一文字だと思うけれど」

「そう呼ばれるの嫌?」

「別にいいけれど」

「じゃあ、はづさんにする!」

「分かったよ」


 たくさん話せた! この作戦はけっこういけるかもしれない!

 そう思って、それから、ことあるごとにはづさんはづさん呼んでみた。


 はづさんとは話せるようになった。でも……。
 はづさんは、いつも私の顔を見てくれない。

 どうやったら、私の顔を見てくれるのかな。じっと観察してみた。


 はづさんの視線をゲット作戦その1! 目力で気づかせよう!


 作戦その1のために、私はずっとはづさんを見ていた。朝来る時も、移動する時も、帰りの時も、授業中も。ずっと見ていた。見ていた。見ていた。

 でも、はづさんは、全然私の方を見てくれない。

 結果として、私がはづさんのまつげが長いことと目がきれいなことを発見しただけだった。


 はづさんの視線をゲット作戦その2! イメチェン作戦!

 私は髪型を変えてみた。ポニーテール。ハーフアップ。ツインテール。三つ編み。おさげ、ゆる巻き、ストレート……。

 どれもはづさんは興味がないようだった。いつもと変わらない。メイクも髪の色を変えるのも校則で禁止されてるし。ということで、だて眼鏡もやってみたけれど、全く効果はなかった。

 効果はなかったけれど、私の女子力は上がった! それでよしとしよう!



 ということで、はづさんの視線をゲット作戦その3! 目力&イメチェン作戦!

 これで上手くいかなかったら、私にはもう何も考えつくことはない。はづくんとは話せたし、まつげが長いことも目がきれいなことも分かったからそれでいいと思うしかない。

 半分諦めていたけれど、諦めたくなくって、私の1番好きな髪型のポニーテールにしてゆるく髪をまいて挑む。前髪もさっきトイレで確認したから、きちんと私の好きなようになっていると思う。


「来週、文化祭あるじゃん? はづさんはどこ行くか決めた?」

「来週、だっけ?」

「来週だよぉ。もう!」


 疑問系だから、少し語尾があがった。これは、効果あり? 嬉しくなって、眼鏡の奥の目がこちらを見ないか観察する。


「そっか」

「で、どこ行くの?」

「何があったけ?」


 また語尾があがっている! 嬉しくって、文化祭に何があるか説明した。3年生のお化け屋敷のこと。射的のこと。カフェのこと。あと私が行きたいカラオケのところ。あそこの点数には興味があって。

 少しでもはづさんの目がこちらを向かないか注意深く観察している。まだ向かない。まだ、まだ、まだ……。


「何考えてんだよ! ちゃんと前向いて歩け!」


 いきなりはづさんが大きな声を出して、私の体が宙に浮く。と思ったら、あったかい体に引き寄せられて。はづさんが大きな声を出すこともびっくりだけれど、ふわふわ。何、この、アンシンカンは……。びっくりすることだらけで何も追いつかない。

 と思ったら、体を離されて、目を見つめられた。


 ああ、ずっと私が見たかった目だ。それだけでよかった。思った以上にきれいで、何だか涙が出そうになって。


「やっと、見てくれた」


 気がついたらそんな言葉が口から出ていた。



「……頼むから、ちゃんと前向いて歩いてくれ」


 はづさんは顔を真っ赤にして俯く。きれいな目がまた見えなくなった。


「はづさんが私の方、見てくれたら見るよ」

「そしたらお前、僕の目ばっかり見るだろ」

「そうだね! そうだ!」


 ちゃんと話したこともないのに、何だか息がぴったりで笑いそうになってきた。


「分かった。これでいいだろ?」


 いつもは私が引っ張っている手をはづさんが引いてくれる。それが嬉しくってドキドキして。


「こっちじゃないと嫌だな」


 指を手に絡ませてみれば、耳まで真っ赤になってはづさんは俯いた。目は合わせてもらえなくても、その表情が見られるだけで私は何だかとっても幸せだった。

 それから帰り道はいつも手を繋ぐようになった。



 それが私たちのはじまり。



定位置となった君のとなり
積み重ねても運命は創れます。






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