羨ましかった。
彼らのことなんて、草薙くんが最近事件を起こしてサッカー部をやめたことくらいしか私は知らないけれど、それでも、6人が一緒にいて、全然噛み合っていないのに、とてつもなく楽しそうにしている姿を見るのが、私はとても好きだった。

放課後、委員会の仕事を終えて歩く廊下では、教師の声と、逃げ回る生徒の影が通り過ぎていく。周りの生徒が不快そうな表情をする中、私は会議室の鍵を握り締め、無表情を保つので精一杯だった。
不謹慎だと思われるだろうが、ああしてどこかに逸脱した部分があって、それぞれに傷があって、だからこそ深いところで確かに繋がっている彼らが、私はとても羨ましかった。私たちは、目に見える異常性も、垣間見える暗さもないかわりに、上っ面で接し、相手のご機嫌を取り、薄っぺらい繋がりしか持たない。それは間違いなく幸福なことで、間違いなく感謝すべきことなのだが、規定のスカート丈しか知らない私には、問題を起こさないように縮こまっている私たちよりも、問題を起こしても変わらず笑っていられる彼らの方がよほどしあわせそうに見えた。


「君は、彼らの見た目が物珍しいのかな?」

会議室の鍵が引き出しに戻った教員室で、鳳先生はプラスチックに指をかけている私の背中に声を投げた。近くの机に座りプリントを眺めていた九影先生がこちらを振り返った気配がする。つるりとした安くないプラスチックのケースは、薄い白で曇っていた。

「いいえ、確かに格好良いとは思いますけど、でも、しあわせそうだなあと思って。そんなはずないって、ちゃんと分かっているのですが、」

私より、しあわせそうだなあ、と。
外で、葛城先生と真田先生の叫び声がする。はっと我に返り、なんて申し訳のないことを言ってしまったのだろうと、なんて無責任で失礼なことを言ってしまったのだろうと、私は思った。

「い、え、あの……」

みにくい。ただの嫉妬だ。何処かで彼らを見下した、無い物ねだりにすぎないのだ。
こんなことを考えるから、私はきっと一生遠くであの煌めきを眺める側、この幸福を恥じながらこの幸福に人生を浸すことしか出来ない。ClassAの白い制服を握り締める。
そんな風にしか思えない自分が情けない。思うことしか出来ない自分が、悔しい。
ふと、誰かが私の肩を引き、鍵棚から振り返らせた。

「しわになりますよ」

二階堂先生の、およそ聞いたこともない優しいこえ。何かを吐き出してしまいそうになって、必死に唇を噛み締める。

「どうです、名字さん、あなたは」

少し離れたところに立つ衣笠先生が、にこりと、ただ笑みを作った。

「どう、したいのですか」

思わず息を飲む。
どうしたいのかなんて、考えたこともない。私は親が望むように、これがきっと最善だろうと自分に思い込ませて、みんなと同じ道をを歩いて。その集団から一歩外を歩く彼らをただ羨んで。どうしたい、と自分に問い掛けたことなんて一度もなかった。これまでの人生でただの一度もなかった。
顔を上げ、背筋を伸ばして息を吸うと、急に生きる世界が広くなったような錯覚に陥る。いや、きっと錯覚ではないのだ。私は、自分に気持ちがあることを、知ったのだから。

瞬きをすれば、先生たちの顔が目に入る。私は彼らを、上っ面で接し、ご機嫌を取るべき対象としか見ていなかったのか。こんなにも頼もしくて、私たちのことを思いやってくれているのに。カリキュラムを教えるだけなら人間でなくても出来る。どうしてそんなことにも気付かなかったのだろう。

彼らへ羨望を向ける私の逸脱した異常性を、先生たちはとっくに見抜いていたのだ。

「せんせい、」

がちゃり、ドアが開く音がして、二人が息も絶え絶えに教員室へ傾れ込んできた。壁際に立つ私と、対峙する四人を見て、怪訝そうな表情を浮かべているのが良く見える。不思議と気分が良くて、不思議と、今を生きていれば良いと、先のことは一緒に考えてあげる、と、そんな人生の先輩達の声が見えるような気がして。


「次のテスト、赤点取っても良いですか」


生きて見ようか


5年前に出会った彼らへ、感謝と愛を込めて。
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