ファインダー越しの世界はいつだって不自然に美しくて、例えそこに映っているのが笑顔の子供でも、殺風景な野原でも、奪われる直前の命でも、全部遠い世界の美談のような、そんな気さえ起こさせる。
カメラは日常を切り取ることは出来ない。なぜなら切り取られたその一瞬はすべての流れから切り離され、流れの一部である日常には最早戻れないからだ。それが私にシャッターの切り方を教えてくれたひとの持論であり、私の信念でもあった。
「ねえ!そんな遠くから撮らなくても良いんじゃないの!」
遥か前方から聞こえた声に魔法のガラスを外して見れば、黒い髪に黒いコートのフードを被った臨也が遠くからこちらを見つめるのが見える。この距離からではあの瞳の赤までは確認出来ず、菜の花畑の中に留まる臨也はただただ真っ黒だった。
「良いから!臨也はその辺歩いてて!」
畑を一望出来る記念撮影ポイントに大きな三脚を立てる私を見て臨也は諦めたように、あるいは興味をなくしたように、軽快な足取りで黄色の中を歩き始めた。ぱちん、伸ばした三脚の足をとめ、その上に重いカメラを固定し、誰もいないベンチにカバンを投げ捨てる。
菜の花は満開一歩手前ほどにかなりの数が花を開いているのだが、年度始まりの平日にわざわざこんなところに来る人は少ないのか、年度のあまり関係ない仕事をしている私と臨也以外の人間は誰も見当たらなかった。
だからこそ臨也も珍しく、こんな所に行っても良いと言い出したのかも知れない。
カメラの向きを調節し、再びファインダーを覗く。臨也の姿はすぐに捉えることが出来た。俯き気味に、こちらに少し背を向けて、後ろに手を回し、ゆっくりと歩いている、黒。
一面の黄色と少しの緑の中に放り込まれた黒はあまりに暴力的で、まるで才能ある画家のキャンパスにわざと塗り付けられた黒い油の塊のようにも見えた。
ぱしゃり、軽く小さい音が響く。臨也には聞こえない、私だけの、音。カメラの嘆き、瞳の叫び、風景の断末魔、それを生み出し、客観的に聞き、そして笑みを浮かべる、私。ぱしゃりぱしゃり、それから数回シャッターを切った後、臨也はようやく気付いたのかファインダー越しにこちらを見て、少し笑った。
「ねえ!」
「なに!」
「こっちから見るとさ、背景の山の新緑の中に、異質な君と機械だけが浮かび上がってて!」
まるで君のところだけ切り取ったみたいだ!
ぱしゃり、無意識にシャッターを押した私の指と、思わずファインダーから顔を上げてしまった私の矛盾を見て、臨也はもういちど笑った。
切り取り線の合間にて