東京中に響く彼の声、急いで戻った屋敷の広い廊下のはるか向こうに、何かを持った鈴木達が悠斗の部屋に入っていくのが見える。スピーカーから響く彼の声が途切れる前に、毛の長い絨毯の上を全力で走った。思い切り開いた重い扉の先、目を伏せて凶器を受け取る、主。

「悠斗!」

振り返った三人を無視して悠斗に走り寄り、白い指から銃を取り上げた。息を整える暇もなく銃を握り締める俺に対して彼は普段通り、いや普段よりも穏やかに落ち着いていて、そのことに僅かな苛立ちを感じながら、左手で悠斗の腕を掴み声を荒げる。

「本当に、行くのかよ…!」

主である友人はさらに息の上がった俺を見下ろし、笑みさえ浮かべて穏やかに口を開いた。

「ああ。僕が行かなければ彼女を救えない」
「なんで!止めろよこんなこと!」

彼がもう片方の手に握っていたナイフを乱暴に取り上げる。流石に手が痛んだのか、俺の様子を訝しんだのか、眉間にしわを寄せる悠斗。

「…どうしたんだ。らしくないぞ」
「らしくないのはお前だよ!」

わざとらしく肩に置かれたその手を銃で振り払えば、悠斗は驚きの表情でこちらを見た。ぎり、爪が凶器を抉る。

「たまたま、たまたま新宿で勝ち抜いたのがお前で、たまたまデートしたのがお前で、たまたまプリンセスがお前を選んだだけなのに…!どうしてあんな女の為に悠斗がそこまでしなきゃいけないんだよ!」

声を荒げ、左右の手に持った凶器を握り締める俺と、何も言わずにそれを見つめる彼。ほら、その表情も。そんな表情、俺は知らない。今までの彼ならそんな表情はしなかったはずだ、いつだって俺が一緒にいた、悠斗なら。すべてを持っていて、すべてを手に入れることのできる、いつだって高貴で清廉な彼は。そんな表情も、そんな言葉も、そんな行動も、全部全部全部この馬鹿げた大会が始まってから、あの女に出会ってからだ。

「…心配してくれているんだな、ありがとう。僕は無事に帰ってくる。もちろん、彼女も」

しばらく続いた沈黙のあと、主は酷く丁寧に言葉を紡いだ。俯いたまま凶器を握り締めていた俺の指を丁寧に剥がし、執事の三人に声を掛けて部屋を去っていく。間近でみた悠斗は未だかつて見たことのない表情をしていて、俺は立ち尽くしたまま、掴むもののなくなった手を血が滲むほどに握り締めた。


神隠し

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