短いです+注意



「プロデューサーさんは、なんで笑顔を基準にアイドルをスカウトしてるんですか?」
「……どういう意味でしょうか」
「だって、アイドルに必要なものって、他にも沢山あるじゃないですか。ダンスとか、スタイルとか、歌とか。その中で、どうして笑顔を基準にプロデュースするアイドルを選んでるのかなって」


地面が震えるような歓声。開いた目に入ってくる舞台上の明かり。横では衣装変えを手伝うスタッフやメイクさんがいそいそと準備を続けている。まさかライブ中に気を抜いてしまうとは、と無意識に右手で首元を押さえた。首筋と同じ、もしくはそれよりも少し高い体温。爆音を聞き続けていると眠くなる、なんてありがたくも大きな会場でライブが出来るアイドルのプロデューサーになって初めて知った。アルバイトで客席の中の整理や警備員の真似事をしている人々はこの時間をどうやって過ごしているのだろう。楽屋のモニターで見ていれば良いのだけれど、どうしてもそういう訳にはいかない。手を下ろす前によれたネクタイを整える。眼下で自分のような人間がするには少々高価な腕時計がネクタイピンに触れてかちゃりと音を立てたので動きを緩めた。時計と違いシンプルなピンは自分で買ったものなのでどんなに傷が着いたって構わないが、こちらの方は傷を付けたくない。
曲が終わりアイドル達が捌けて来る。二、三言葉を交わして走り去っていく、舞台上と少し違う笑顔たち。自分が頼み込んでスカウトしたものもあった。手渡されるタオルやペットボトルと入れ替わるように次の曲が流れ始める。役目を終え無残に脱ぎ捨てられる衣装。休む間もない。それは満員の観客も同じで、また会場が震えるような歓声が上がった。音先、12拍、順序良く板に付き静止ポーズを取るシルエット。プログラムで設定された眩しいシーリングスポットライトは回想前のホワイトアウトに良く似ている。




「俺、お前の笑顔が好きなんだ」
いつだったか、あの人が言った。遠い、きっと不必要に美しい、記憶の中。

「自分で言うのも何ですが、先輩の前でそう笑ったことありませんよ」
あの人と共にいた時間はとても短かった。ある日、気付いたときには誰もいなくて。それまでに何か前兆があったはずなのに、俺は何も気付けなかった。細身のジーンズ、安っぽいパーカー、量ばかりの飯。それだけで充分だった日々の終わり。

「でも、お前がどんな風に笑うのかなって、考えるだけでこころが暖かくなる。いつも笑顔のひとはもちろんそうじゃないひとだって、誰かを笑顔に出来る。それが笑顔のすごいところなんじゃないかな」

笑う。柔らかく、朗らかに、やさしく。笑顔のお手本なんてものがあったら、それはこのひとの笑顔なのではないかと、俺は常々思っていた。その証拠に、俺はあの人の笑顔を見るたびに、普段あまり使われていない自分の表情筋が、徐々に綻んでいくのを感じた。笑顔が誰かの笑顔に繋がるなんて、あの人に出会わなければ一生信じられずに生きていたに違いない。くしゃりと笑うあの人は、笑うと少しだけ俯いて目をきゅっと閉じてしまう癖があったので、気付いていなかったのだろうけれど。




「プロデューサーさんには、笑顔にしたいひとがいるんですね」

ああ、そういえばそんなことを言われた気がする。少女の笑顔。あの人とは違う。あの人は、お手本のようだった笑顔を、手の中に掴んだ熱が逃げていってしまうように忘れていってしまった。俺を見ても笑ってくれなくなった。俺の笑顔では彼を笑顔にすることが出来なくなった。そして遂に。
何を失ったのか分からず、何を探せば良いのかわからないまま何かを探して放蕩していた俺にとって、自分よりもかなり低い位置にあるはずの少女の笑顔は、まるで太陽から降り注ぐ光のようだったのだ。



ステージ上の大きなモニターに、生放送のスタジオの風景が映し出される。司会者の質問、アイドル達のMC、ひとりひとりを捕らえるカメラとせわしなく切り替わるスイッチャー。リハーサルよりも時間が押しているのか、インカムで連絡が飛び交う。次の曲は、ライブの中の一曲ではあるのだが、全国放送の音楽番組の中の一曲としてテレビ放送もされる。彼は見ているだろうか。トークを得意とする数人が軽妙な掛け合いで笑いを取っている様子を眺める。別のラジオ企画を出してみるのも悪くない。携帯は電源を切って控え室においてあるので、頭の中にメモを取るイメージをした。
電源が入っていようが切れていようがメールの返信はないが、携帯会社からの返信もない。受理はされているだろうことに希望を感じるようになってしまった。会いたいという願いは、何処で何をしているのか知りたいという欲望を通り越し、便りがないという事実に支えられて日々を生きるという境地にまで落ちた。曲振り、一瞬の静寂、イントロが流れ始め、メンバーがひっそりと歌のために息を吸ったと同時にオンになるピンマイク。舞台から遙か彼方にある音響ブースからの指示、キレのある動きでダンスを踊る少女たちの笑顔。
俺はあんな風に笑顔を届けることが出来ない。けれど、彼女たちがいれば。こうしてステージの袖で高揚を上手く表情に乗せることのできない自分の代わりに、どうかあの人に笑顔を、あの人を笑顔にしてくれと、偶像の少女たちに祈りを捧げ続けるのだ。


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