「……うわあ」
『言うに事欠いてそれかオマエは』
「ごめんってジェシー。でも、次会ったときにお前を認識できる気がしないな」

端末の向こうでジェシーがため息をつく。後ろに映っている古いソファーがぎしりと音を立てた。モニターから目を逸らし、意味もなく髪をいじる動きに、照れが混じっていることは隠しようがない。
数日前まではどうやって日常生活を送っているのか不思議になるくらい長く固められていた青灰の髪は、画面に収まりきる長さに生まれ変わっている。せっかくライブに出させて貰えることになったのに、それじゃあ変な髪形のジュニアがいるバンド、という印象だけで終わってしまうんじゃないか、という僕の説得は、何とか聞き入れて貰えたらしい。これなら二人で出歩いても多少は目立たなくなったかもしれないな、と思ったが、顔が良く見えるようになったことで逆にファンが増えてしまうだろうか。モニターを眺めている僕に向かって、ジロジロ見てんじゃねえよ、と眼光を鋭くするジェシーに、苦笑が漏れた。

『名前、なに笑ってやがる』
「いや、カッコ良くなったなって思ってさ」

語気を強めていたジェシーは、ぐ、と言葉を詰まらせる。今までの髪型がおかしかったことも自覚してもらえたようで何よりだ。このライブのために切っただけで、これが終わったらまた願掛けのために伸ばす、なんて言われたらどうしようかと思っていたが、この分ならその心配もないだろう。きっとかなりごねただろうに、この髪型を作ってくれた人には感謝しなくては。ソファーに深く沈めていた身を起こし、モニターに顔を近づける。

「大丈夫、お前ならそんなものなくったって、最高にロックだよ。ライブ、楽しみにしてるから」

にこりと、カメラに笑みを向ければ、隠すもののなくなった白い肌がさっと赤く染まって行く。いつも斜に構えてはいるが、こういうところは、案外子供らしくてかわいいものだ。

『……なら、さっさと仕事終わらせて来い』

ジェシーは乱暴に言って、強引に通話を切った。ぶつり、音源を失ったスピーカーの悲鳴。ああもう、そういう機材に悪いことはしないでほしいのに。


「こんな感じでよろしいでしょうかねー?」

はあ、飛行艇のソファーに再び深く腰掛ける僕のため息を聞きつけて、簡易キッチンからネイサンが姿を見せた。表情はいつも通りむすっとしているが、改造が無事に終わって満足したのだろうか、僕の分のカップも持ってきてくれている辺り、少し機嫌が良いみたいだ。
リモコンで通信用モニターを閉じ、そのままカフェオレに口をつける。カフェイン依存症気味な僕のためにディディエがブレンドしてくれるカフェオレは、市販のものと違い甘さが控えめで、飲んでもいやな感じがしない。慣れない笑顔を浮かべたせいで疲れきった心身が癒やされていくような気がした。ディディエの料理があればなお良いのだが、この飛行艇はモニターや電子機器が揃っている分、ストライカーが使っているLB専用機よりもキッチンや更衣室が狭い。作り置きの料理を置いておけるスペースが限られているのだ。

拠点をイギリス上空に設置、ターゲットであるジェシーとコンタクトを取りMAPPOを利用しながら彼の「理想の大人」として距離を縮める。意見を聞き入れて貰えるほどに親しくなったところで仕事があると言って拠点に撤退。ライブには駆けつけるから、という言葉通り、対バン式のライブイベントを勝ち取ったジェシーに髪型の改造を促し、ネイサンを紹介することで達成、その間にバンに潜り込んでのダーサイン製品の回収、ハニーバザードYの撃退を遂行。
頭の中で報告書を書き上げる。とはいえ、ジェシーの肩には未だトゲトゲが付いたままだし、ボロボロのバンの端には身体に悪そうな調味料が山を作っていた。僕に対する態度も、クロムウェルが見たら無言で眉を顰めるに違いない。先が思いやられるとはこのことだ。だいたい、僕はストライカーじゃないのに、なんでこんなことをしなくてはならないのか。

「LBはヴァン・カイエンの改造中だ。ROMANXIAの復活までに時間がないのだから、仕方がないだろう」

僕の心中を察したのか、ネイサンは向かいのソファーに腰を下ろしながら冷たく言った。瞬間、音も無く軽い圧迫感が襲う。飛行艇が浮遊し、旋回する。テーブルに置こうとしていたマグカップを持ったまま、傍らに置いていたタブレットの画面を叩いた。ルシアンビーズ用のパスワードを入力し、指紋認証を通せば、トップ画面に表示されている「0247 days 23 hours 52 mins 34 secs to go for Rebirth of ROMANXIA!!」の文字が嫌でも目に入る。まだ正式決定ではないが、マスターが想定している復活ライブの時期までのカウントダウン。刻一刻と数字は変わっていく。あと八ヶ月強で、六人。

「時間がないのは分かるけど、向こうは三人掛かりで僕は一人だよ?それに時間がないおかげで開発部の方も忙しいんだ。ああ、社の新作発表も近いのに資料を読む暇もなく、ボンボンどもを引っ掛けてるなんて」

高度が安定し、飛行艇の揺れが収まってくる。今度こそテーブルにマグカップと端末を置き、レーザーナビゲーションのキーボードを起動して報告書を書き始める。ネイサンは傍らから鋏を取り出し、メンテナンスを始めているようだった。その鋏だって、フレデリックの無茶なデザインをうちで開発したものだっていうのに。

「文句があるならマスターに言ったらどうだ」

向かいのソファーで足を組んだネイサンの長い銀がこちらを睨む。もちろん彼は鋏で人を切るような真似はしないけれど、分かっていても刺されるんじゃないかと思うくらい、鋭く冷たい視線だった。もう一度ため息をついて、降参の合図を送っておく。どちらにせよ、マスターの指令をこなさなければ社の命はない。音のしないキーボードを叩きながら、ネイサンに向かって投げかける。

「とりあえず僕の腹筋のために髪型を改造したけど、あのつんつんした服も早く脱いで貰わなきゃな。グィードは?」
「来週末のコンパニオンまでパリだ」
「……君たち、案外仲良いよね」

ぎらり、光る鋏から目を逸らす。ネイサンは鋏の光具合を見て、懐から小さな研ぎ石を取り出していた。ステンレス製の鋏だって早々切れ味が落ちないのに、特殊金属で出来ているネイサンの鋏に研ぎ石が必要なはずがないのだが、彼のような神経質なヘアアーティストは少しの違和感が命取りになるらしく、いつも任務が終わると鋏を軽く研いでいるようだ。

「でもフレデリックとディディエはLB達のところでしょ?クロムウェルに頼むにはまだ早いし、グィードがいないんじゃ来週末まで待機ってことで、僕は一回社に帰らせて貰うけど」

「パリでグィードと合流して、先にレミィ “J” ベルモンドを改造すれば良い」
「はあ!?」

バン、と思わずエンターキーに当たる部分のテーブルを小指で叩きつけ、僕は勢い良く顔を上げた。ネイサンは相変わらず涼しい顔で鋏に研ぎ石を当てている。

「僕一人で二人も引っ掛けろっていうの!?ストライカーは三人もいるのに!?」
「数の問題ではない」
「でも向こうの方が早くから改造に取り掛かってるし、僕はあくまで補助なんだから、普通に考えてこっちが1、向こうが5だよ!」
「向こうには新人がいるんだ。お前一人の方が余程効率良く進む」
「だからって!僕には他にも仕事が!」
「マスターからの仕事だろう」

それはそうだけど。ネイサンは僕の方を見ることもなく言葉を返してきて、取り付く島もない。はあ、とため息をついて端末を見つめる。僕はまだ新人ストライカーに会ったことはないけれど、マスターや他のメトロポリスのメンバー、メルローズとクワイエットがかなり高く評価していることも、今回のROMANXIAの改造でエースに据えられていることも知っている。そして、初代Aに特別な感情のあるネイサンが、彼女のことを良く思っていないだろうことも。止まっていた指をのろのろとレーザーキーボードの光に乗せる。

そんな状況で、ストライカー達を日本、僕をネイサンと共にイギリスという、それぞれ二人目のターゲットがいる場所、つまり中国とフランスに近い国に派遣した。そしてアジアからなら、状況を見てドバイにも行けるし、報告で必ず訪れなければならないミレニアムアイランドへの道中にアメリカがある。ということは、マスターLの中では最初から、僕に少なくとも二人は担当させることに決まっていたということだ。

「……やられた」

まったく食えない人だ。僕が考えながら報告書を書いている間に、ネイサンは手入れを一通り終えたらしく、鋏の変わりに自分の端末を操作していた。彼が数回画面を叩けば、艦内に英語が流れる。小型飛行艇を吐き出すときのアナウンスだ。おいおいマジかよ、と顔を顰めるが、彼の無表情は変わらない。男は長い銀髪を靡かせて、ソファーから立ち上がった。

「報告は私がしておこう。お前は先にグィードに連絡を入れて、パリに向かっていろ」

ネイサンがカップを片手に、こちらに手を差し出している。どうやら、報告書を出すついでに会社に顔を出そうという僕の目論見まで、お見通しのようだ。報告書を纏め、タイトルをジェシー “KID” スクワイアに変更してメモリーチップに書き出す。その間に、テーブル横の棚から封筒と万年筆を一枚取り出して裏に署名を書き、表に一筆。ネイサンもNの文字を書いたことを確認してから、メモリーチップを入れて封をする。


WW長官兼開発部チーフ、コードネームWより、マスターLへ。本書類は双方の同意の下、WからコードネームNへ提出を委託したものである。

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