「俺が、行くよ。良いだろ?」

俺達の動きを封じた中村さんと戌井達が出て行ったあと、ドアの開く音と共に背後から掛かった高い声。振り返った先にいたのは小学校低学年くらい、馴染みのない子供だった。

「…ガキ、どこから入った」

突然現れた子供に伊藤さんと久保さんがソファーから立ち上がる。聞き慣れない声、見慣れない姿、けれどその精神はかつての同士で五年前の春に自室から失踪した男である事を、俺は知っていた。

名前が失踪したのは最近の大量失踪よりもかなり前、しかもこの町ではない場所での出来事であった為、入れ替わりの事実を知っている俺も急に警察所に現れた子供が名前だと名乗った時にはにわかには信じられなかったが、昔と変わらない口調、口を開く時の間の取り方、唇を舐める仕草、ごくちいさな挙動の全てが徐々に彼が名前であることを実感させた。

不信感を顕わにする二人をなだめ、歳に不相応な憂いを帯びた表情を浮かべる子供に近付いて自分よりもかなり低い位置にある黒髪を撫でる。硬くて少しくせのあった彼の髪と違い、子供の髪は細くてやわらかく無機質な床へとまっすぐに落ちていた。

「ちょ、ガキじゃねえんだから!」
「すまない、つい」

苦笑しつつ黒い頭から右手を退け、再びソファーへと戻る。稀人達のアジトを特定してから、もうかなりの時間が過ぎていた。

「なあ、俺に行かせてくれよ。こんな状況になってるんだ、神郷の弟達はもう動いてるに決まってる」
「駄目だ、危険すぎる」

子供らしい歩幅で走ってソファーの前に回ってきた彼の方を見ずに言えば、横から腕を引っ張られる。思い切り引っ張ったつもりでも、子供の力ではたかが知れていた。
座った状態でもなお彼を見下ろす俺を見て名前は一瞬視線をさまよわせるが、再び指に力を込め、茶色がかった瞳で俺を睨む。

「あの子たちの方がよっぽど危ないだろ!今の俺なら自由に動けるし、ペルソナも出せる、だからアジトの場所を」
「だが、またいつくじらに引き戻されるかわからない」

ぐ、と子供が言葉につまった。


「どちらにせよ、その身体を危険に晒す訳にはいかないだろう。俺達が動けるようになるまでお前も待機だ」

小さな手を振り払う。大げさによろめいた子供が再び顔を上げる気配はなかった。

確かに彼らだけで稀人のアジトに潜入するのはあまりにも危険だ。A潜在のペルソナを失う前にくじらの元へ連れて行かれ、子供の姿で帰ってきた彼はまだペルソナを持っているし、大人特有のしがらみからも開放されている彼はあの少年達よりはるかにペルソナを使いこなせるだろう。

けれど俺は、もう一度お前を失うことの方がもっと恐ろしい、なんて、あまりの身勝手さに苦笑することすら出来なかった。


頭上のエゴイスト

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