ぱたり。
左腕が布団を、手が畳を叩いた音でゆったりと意識が浮上した。瞼は閉じたまま、襦袢が肌にまとわり付く感触、首筋に刺さる短い髪、吸った息の生温さ。

「う……ん」

小さく声を出して寝返りを打つも、もちろんこの不快な状況は変わらない。ふう、と思わず吐いた息も消えていく。辺りの明るさは分からないが、自分から出た音しか響いていないということは恐らく、まだみんなが起きてくるような時間ではないのだろう。無意識に身体の下側にした右腕を引きだし、枕にするように頭の下に差し込む。
ああ、今日は見廻りの予定も入っていないというのに、どうしてこういう日に限って目が覚めてしまうのだろうか、昨夜の見廻りでは斬り合いなどはなかったが、それでも神経を尖らせて町を歩き回った身体は疲れているはずなのに。せっかくゆっくり出来るのだから、どうせならもう少し眠っていたい。京の暑さを心中で恨み恨み、曲げた膝を軽く引き寄せた、のだけれど。

途端、襦袢に包まれた足が硬い何かに当たる感触がして、反射的に目を見開いてしまった。なにかが、ある。覚醒していない頭のまま全身を後ろに引き、その物体から距離を取る。
慣れてきた目に入ってくるのは、暗がりの中に浮かび上がる肌色、そして白、僅かに聞こえる呼吸音。人間、のようだ。けれど。わけがわからなくて、更に上体を反らし、自分の足の方をなんとか見つめてみる。曲げた膝はなにやら白い布に引っかかっているようだった。この至近距離でも殺気はなく、眼前の人物が動く様子もない。どういうことなんだこれは、そう思いながら更に胸を反らして足元を見てみると、そこにあったのは見覚えのある、青い髪。まさか、これは?

「りゅう、のすけ……?」

漏れた声は、寝起きの喉に引っかかって低く掠れてしまっていた。考えてみれば、屯所の中にまで入ってくることのできる不逞浪士なんかいるはずもないし、仮にいたとしても全く殺気を出していない訳がない、そして殺気があれば自分だって仮にも鍛えている身、そんなものが入ってきたら即座に気付いているに違いない。軽く息を吐いて、眼下にある青い髪を見つめる。
龍之介は俺の脚のある方向で俺の足に顔を向けながら、うつぶせの状態で寝ているようだ。普段より逆に大人びてさえ見える穏やかな顔、だらしなく肌蹴た襦袢、身体にそって伸ばされた腕、それに沿って流れている青。顔を少し上に向けると、白の裾から出ている硬くなったかかと、伸ばされたつま先が目に入る。

「というか、なに、してんだ」

こいつ、そう言いかけて、そのつま先の更に先にある景色が自分の部屋のそれではないことに唐突に気がついた。肘をついてだるい身体を少し起こし、部屋の中を見渡す。最低限の荷物しかないところは俺の部屋と同じだが、自室と違う天井、壁のところどころにある傷、刀置きではなく床の上にある自分の二本の刀、そして壁に立てかけてある一本の刀から、ここが龍之介の部屋だということは察しがついた。
すっかり覚醒した思考の中に、昨夜の龍之介との会話が思い浮かぶ。最近の芹沢さんの動向を聞いて、その合間に最近の龍之介の行動と意識を探って、それだけでは怪しまれるから適当な世間話をして、その最中の記憶が曖昧だ。ということは、そのまま寝てしまったのか。お互い言いつけられた仕事で疲れていたとはいえ酒も入っていないのに寝てしまうなんて、原田辺りに知れたら盛大に笑われてしまう。それどころかこんなこと、土方さんや山南さんに知れたら。再びため息をつこうとした丁度その時、俺の顔の前にあるふくらはぎが動いたかと思えば、

「………は?」

ほぼ喉にかかっていない、息が抜けただけのような音が、足元から響いてきた。先ほどの自分と同じ反応に、ひとりでに漏れてしまう笑み。更に同じように俺を見下ろした龍之介をこちらから見下ろし、僅かに見開かれた目に向かって声を投げかける。

「昨日そのまま寝ちまったみたい」
「名字、か……」

龍之介は俺を認識して満足したのか、顔の向きを変えつつ身体を伸ばし、また元の体勢に戻った。青く長い髪が布団に広がる。どうやら、もう一度寝に入る気らしい。それで良いのかと思いつつも、俺も動くのは億劫だし、と彼に従い、俺も自分の顔を再び正面に向け直した。目に入るのは、細っこくはないが特別鍛えられてもいない、刀傷はないがかすり傷の多い龍之介の足。

「ん…?ん……」

もぞりと動き、意味のない音を発したあと、龍之介はまた静かになった。覚醒してしまった俺と違い、俺の足が引っかかった拍子に少し目が覚めただけだったらしい龍之介は、硬く、汗を吸い取った布団に身を埋めながら、すぐに眠りに飲まれていく。案の定、聞こえてくるのはゆっくりとした呼吸音だけになった。

「ったく……」

こいつだって仮にも浪士組の中にいる人間で、しかも立場が立場なのに、結構図太いよなあ。そうは思ったが、結局はこれでこそ龍之介なのだと、そう思うしかない。それにほだされてしまう俺も、彼と同じ。
小さく笑えば、ふっと肩の力が抜ける。同時に、目覚めたときに感じた温い不快感がどこかに飛んでいってしまったような気がして、俺はもう一度目を閉じた。


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