「くつを、脱いでくださいませんか、折原さん」

白い絨毯、白い壁、白く磨かれた置時計に、白皮のソファー。そのどれでもなく、部屋の中心に位置する白い脚に硝子板を張った低いテーブルに体重を預けていた折原臨也は、不意に響いた声に向けてゆっくりと顔を上げた。
視界では学校帰りなのか、指定の群青色のブレザーをきっちりと着た少年が、鞄を掛けたまま正面を見つめている。音もなく部屋に現れた少年にさして驚きもせず、普段と同様に黒く彩られた足を組み替えながら、青年は口を開いた。

「なにを言っているのかわからないなあ。ここが欧米だったら、ここが欧米式の部屋だったらともかく、純日本人の俺が土足で他人の領域に入るはずがないじゃない」

赤い瞳は挑発的に細められるが、黒は少しも逸らされない。白いカーテンを背景にしたその異色は、同様に異色であるはずの少年よりも部屋に馴染んでいないように見えた。むしろ、拒まれてさえいるように。

「それに、こうして俺を見れば靴なんて履いていないことくらい分かるだろう?その上君は玄関で、ちゃんと並べられた俺の靴を見たはずだ」

「良いから、くつを脱いでください」

真っ直ぐに紡がれた言葉を聞きおわる前に、青年は少し語気を荒げる。

「大体なんで君の許可が必要なのさ、君の部屋でもないのに!」

「臨也」

嘘とも本当ともつかない白々しい苛立ちを含む笑い声。
それに全く臆することなく、少年は極めてゆっくりと、低いボーイソプラノで、すべてを拒絶する冷たさとしかしまるで懇願のような熱を持って、もう一度続けた。


「臨也、くつを脱いで」


名を呼ばれた青年はしばらくの間、感情の読み取れない黒い瞳に見つめられたままにしていたが、不意に溜め息でもってそれを遮り、諦めと呆れを含ませただけの意味のない母音を小さく発して立ち上がった。絨毯の白い毛が絡み付く。その感触に鬱陶しそうに床を一瞥したあと、青年は黒いコートを乱暴にはためかせた。

がちゃり、ぱちり。白く輝く部屋に凡そ相応しくない、金属と金属の触れ合う鋭利な音。それらは黒から旅立ち、白い絨毯に音もなく吸い込まれた。

「これで満足かな、君は」

立ち上がることで茶色を見下ろしながら、臨也は未だリビングダイニングの入口に佇む少年へと近づいて行く。それに応じるかのように彼の肩にあった鞄が滑り落ち、中の質量を測らせない音を立てて地面に落ち着いた。

「あれがないと、俺は出歩けないんだけどね」

舌と肉体以外の凶器を手放した青年の身体に、名字名前は今日彼を視界に入れてから初めてその手を触れさせる。片手で二の腕辺りを、もう片方の手で腰辺りの服を掴み、浮き出た鎖骨に温かいこめかみを晒せば、近くなった背に臨也の手が回り、ゼロの距離は更に縮められた。困ったような笑い声が少年の肩口を擦る。その実、笑い声に困惑も躊躇も含まれていないことも、少年がそれに気付いていることも、青年がそれに気付いていることも、それにすら少年は気付いていることも、二人は口にしない。
ズボンから覗く踵を少しだけ持ち上げた名前は、晒したこめかみを嘘にすり寄せた。ふわり、それから吐き出した息は、しかし真実を告げる香りさえ持って部屋に広がっていく。


「僕がいるんだから、ここにそんなもの必要ないよ」


和れ愛

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