音也へ

こうやってちゃんと手紙を書くのは初めてだよね。ぼく、この世で出来る大抵のことは音也とやったものだと思ってたのに、まさかこんな身近な所に穴があったなんて気付かなかったよ。世界って、まだまだ広いんだね。

音也がこれを読んでる頃にはもう明日になってるんじゃないかと思う。今日は朝から電話どころかメールすら1回もしてないし、家に帰ってきてもぼくが出迎えてうるさく喚くこともなかったから、きっと音也にとっては凄く充実した1日だったんじゃないかな。
玄関から真っ直ぐここに来ればすぐにこの手紙に気付くはずだけど、どうだろう?ぼくが寝てるのかと思って先に洗面所とかに行ってたら、ぼくの歯ブラシとかコップがないのに気付くのが先だったかも。いや、多分それはないだろうな。音也ってそういう所はちょっとがさつだから。


明日は音也の誕生日だね。ぼく、音也に何かプレゼントあげようと思って、ずっと考えてたんだ。でも、全然良いのが思い浮かばなくて。こんなにずっと、ずっとずっとずっと音也に着いて回ってるのに音也が何を好きなのか分からない、音也が何を求めてるのかなんてホントに検討もつかなくて。ずっとずっと一緒にいたのにぼくは音也のこと何一つ分かってないんだって思って凄く、悲しかった。それでも音也になにかしてあげたいって考えて考えて……やっと、思いついた。

音也、ぼくからの自由をあげる。

音也に必要なものでしょう?
もう仕事内容や共演者をぼくに説明することもない、日付が変わる前に焦って帰ってくることもない、何かある度に連絡を入れる必要もない、収録中に溜まったメールにいちいち返信する必要もない、ラジオとかインタビューとかで女の人について話す度に心を痛める必要もないし、ファンの人や友達みんなに嘘をつく必要もないんだよ?自分の為に時間とお金を使えるし、彼女だって作れるし、好きなだけ、好きなことを出来るようになるんだよ?


ぼくは今まで、音也から色々なものを奪い過ぎたね。音也はもっともっと先に進める、まだまだ先の世界が見える。今ここにある厚い壁をその後のゴールすらぶち壊して、また更に大きくなれるはずなんだ。その時、ぼくはきっと音也の邪魔になる。


本当は最初から、音也があの学園に行きたいって言った日から気付いてたんだ。いつか音也はどんどん先に進んでいって、ぼくはそんな音也との距離を保つことに精一杯になって昔みたいに音也を見つめるだけでは笑っていられなくなるだろうって。ただずっと目を逸らしていただけで本当は最初から、ぼくは音也じゃなくて音也の隣にいる自分を大切にしていたんだ、って。
だからぼくの存在がこれ以上音也を縛り付けて、歩くのを妨げないように、ぼくは音也の前から消えます。


今まで1人で生きたことなんてないのにどうするんだ、って優しい音也は言うかもね。でも、心配しないで。実は半年くらい前から社長に根回ししてもらってて、お陰で良さそうな仕事は見つかったし、その事務所に行くのに便利な所に住むことも決まりました。初めてのことだらけだから苦労するかもしれないけど、頑張って行こうと思う。
あ、一応言っておくけど、施設のみんなに聞いてもぼくの居場所は分からないからね。社長にも絶対に誰にも言わないようにって言ってあるから、聞かないであげて。
それから、何処かで不意にぼくの名前を見付けた音也が動揺しないように、冗談みたいに言い続けたこの名前を名乗るのももう終わりにします。音也の新しい人生の為にぼくも新しい人生を始めたいから。


ここまで言っておいて今更だけど、ぼくは音也のことを嫌いになった訳じゃありません。ただ、正しい距離に戻そうと思っただけです。だからしばらくは無理かも知れないけど、身の回りとこころの整理がついたら、音也のことは応援して行こうと思う。自分で時間を作ってテレビを見てラジオを聞いて、自分のお金でCDやDVDを買って、ライブはもしかしたら音也の目に入っちゃうかも知れないから行けないけど、今音也のことを好きだって言ってくれてる人達と同じように、音也のことを応援したい。
本当はその距離が、ぼく達の正しい距離のはずなんだよね。


そろそろ引っ越し作業を始めなきゃ、だな。最後に。


音也、お誕生日おめでとう。愛してくれてありがとう。愛してました。これからはその愛を、音也を応援してくれているすべての人に分け与えて下さい。音也を愛してくれるすべての人に対して嘘偽りのない「アイドル」として、この煌びやかな道を進んで行ってください。


さようなら


一十木名前




P.S.
冷蔵庫の中にぼくが昼に食べたチャーハンの残りがあるから、お腹すいてたらチンして食べてね。


title:つめがさん

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