「さびしいんですね、あなたは」

そう言って笑う。その名は知らなかった。知る必要がないからだ。安いベッドの中で、程よく筋肉のついた腕が俺の腹に回って、むき出しの背中が男の胸板と当たる感触。その拍子に、ゴムに吐き出した男の白濁と違い薄い腹筋に巻き散らかした俺の精液が、腰の下で濡れた音を立てた。その音に男が少し顔をしかめた気配がしたが、生憎俺はそんな音なんてとっくに聞きなれている。

「さびしいのは、あんたの方だろ」

後ろにある首筋に頬を擦り付ければ、男の息が髪に触れた。不思議と、さほど不快感を覚えない。


女がこわいのだと、男は言った。
ようやく終わった仕事でへとへとに疲れて、でも誰もいないあの部屋には帰りたくなくて。ふらふらと歩いて気付いたら、ホテル街の入り口にいる男に声を掛けていた。あのいやに薄暗い路地の前にいるなんて目的はひとつのはずなのに、ひどくおびえた表情をしていた男。スーツ姿で壁に寄りかかっていた男は俺を見て、少しだけ明るい街灯の下で力なく笑った。あの日、久しぶりに入り口から浅い場所にあるホテルに入ったあの日が、この男に会った最初の日だった。

顔は、結構イケメン。セックスは、正直上手くない。
顔がそこそこ好みだが、俺の目的はセックスをすることな訳だし、もっと他の相手と寝ても良い。はずなのになぜか、あのおびえた顔を見つけた日は、思わず声を掛けてしまうのだ。

「こわいんですよ、女が。あんなに恐ろしいいきもの、他にいない」

何回目かに男に会った時、女物の香水が僅かに香るジャケットと、明るい髪色に隠れていたごついピアス、コンドームの入ったパンツ、纏っている全てを脱ぎながら、どこか安心したように男は言った。彼女や奥さんがいて、気紛れに男を抱く輩っていうのは、探せばそれなりにいる。この男もその類かと思ったが、堂々と、しかも毎回違う女物の香りを服につけているところを見ると、そういうのとは少し違うようだ。

なによりこの男は、何回か俺と寝たにも関わらず、なにひとつ聞いてこない。それどころか、最中にかわいいだの好きだだの、それっぽい言葉を言ってくることすらないのだ。俺としてはわざと喘いだり感じているフリをしたりする必要がなくかなり楽なのだが、とにかく、他の奴とはずいぶん違う。


「そうですね、あなたの方がよほど長く、さびしさと付き合っているように見えます」
「長くって、俺のこといくつだと思ってるワケ?」
「少なくともおれと同じくらいかなって。見た目は、どう見ても高校生にしか見えないですけど」
「へえ、いくつなの?」
「24。どうです?」

まあだいぶ離れてはいるけれど、それでも俺が成人しているって自分で気付く奴なんてそうそういないのに。

「おれ、人間観察とかちょっと得意なんですよ」

ベッドの中で、俺を後ろから捕まえたまま、男はさびしそうに笑う。

この男は多分俺と違って、男が好きで男と寝ている訳ではないのだろう。ただ女がこわくて、男も信用できなくて、それでも誰かにあたためてほしくて。だから、あんなにおびえた顔をしながら、あの明るさと暗さの混じった場所に立っているのだろう。

ねえ、30年近く生きてきた俺の経験から言わせてもらうと、こんなことをしたってどうせ、いつまで経ってもさびしいままだよ。何を背負っているのかなんて分からないけれど、この行為で埋められるものは性欲だけなんだから。なんて、年長風を吹かせてやる気にもならず、俺はいつも通り男に向き直って、痕の残る首に触れて子供みたいに言うんだ。

「な、もう一回、しようよ」


汽水域に漂う

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