「しまつた!」

思わず、といった風に漏れた声に、前シーズンに自分が出た試合の四分の三程を確認し終えて、多少なりとも集中力を失っていた俺は、ソファーの上からダイニングテーブルを見つめた。しまつた、やってしまったという意味だろうか。テーブルの上に白いノートパソコンを広げている名前の天然パーマのかかった少し長めの黒髪が、彼の両手でぐしゃぐしゃと掻き乱されていた。

「ん?どうかしたのか?」

試合の映像を液晶テレビに流したまま、目を見開いたままの青年に声を掛ける。名前はこちらを見ずに、また声を上げた。

「し、しくじった……!」

奇声を上げながら目にも止まらぬ速さでタイピングを開始した彼を見て、何か損したんだな、納得してまたホームでの試合に目をやった。
名前は基本的にトレードやHP作成など、在宅のまま出来るパソコン関係の仕事で生計を立てている。俺には何をやっているのか良くわからない部分も多くて、危険はないのかとたまに心配になるが、正直説明されても分からないし、スポーツに興味のない彼も恐らく、サッカーの事を良く知らなかったり練習でかなり帰りが遅くなるのを訝しく思ったりしているだろうし、その辺りはおあいこだと思うことにした。

「仕事増やさなくちゃ…」

「別に、増やさなくても良いんじゃねえの?」

家にいる為気付きにくいが、名前の仕事量は一般的なサラリーマンのそれを優に越えている。収入に関してもちゃんと確かめた事はないが、今はまだしも、駆け出しの頃は俺の方がかなり劣っていただろう。こうして一緒に暮らす事になった時も、かなり早い時期からある程度の資金を持っていた彼に対して俺にはほぼ余裕がなく、結果的に俺はほとんど金銭的負担を背負わない形になった。ようやく俺も稼げるようになったのだから、名前が仕事を増やす必要なんかない。

「いや、でも」

カタリ、エンターキーを叩く音が短く響く。

「俺、家事とか苦手で一に迷惑ばっかり掛けてるから、せめてお金だけでも稼がないといけないのに」

「…名前、お前」

「分かってるよ、でも」

咎める俺の言葉を遮り俯いてしまった彼を見て、テレビを消してソファーから腰を上げる。そのまま彼に近付くと名前は伺うようにこちらを見て、俺が椅子の横に到達すると同時にこちらへ向き直った。じっと見上げてくる彼に、年上とは思えない大きな黒の瞳を見つめ返す事で沈黙を作っていたが、名前が瞬きをしたのを合図に身を屈めて彼の薄い唇に自分のそれを重ねさせる。目を閉じる瞬間、ジーンズの上で固く握られた手に気付いて、左手で彼の後頭部を押さえながら右手の指先だけを絡め合わせた。触れるだけで一旦唇を離し鼻先だけで触れ合う、そして名前が呼吸をして俺の首に両腕を回してきたのを合図にもう一度、今度は触れるだけではなくもっと深くまで。

彼は、俺と彼の関係に何か不安を抱いていたのだろうか。俺達は一緒に暮らしてはいても、俺が家にいる時間はかなり短いし、名前は自分のパソコンと睨み合っていることが多い。家事が苦手で、放っておくと飯を食べなくなる彼の代わりに俺はたまに飯を作って、放っておくと休息を取らない俺を名前が止めて、共にベッドに入る。名前は俺に迷惑をかけていると思ってるみたいだけど、それは違う。俺は別に家事をやってほしい訳でもないし、年上ぶって世話をしてほしい訳でもない。多分名前も、俺に家事をやってほしい訳でも世話を焼いてほしい訳でもないだろう。きっと互いに1人でも生きていけるけれど、何故だかこうして一緒にいる、この関係は一体なんという名前なのだろうか。同性で、年も少し離れていて、家族でも金銭的依存でも精神的依存でもないこの関係には、名前なんてない。

くち、粘膜の触れ合う音がする。うっすらと目を開けた先にある近過ぎて見えない彼の瞳から何かが零れた。何か急に苦しくなって、けれど離れたくなくて、俺は名前の腰に回した右手の力を強めた。
俺の相手がお前じゃなかったらこんなこと出来ない、なんてことも、きっとお前は知らないんだろうな。

異性ではない俺達は、結婚や家庭というような明確な名前を世間から与えられる事はない。それでも愛し合ってしまった俺達はこうやってたまに立ち止まりながら、これからも、自分達に合う名前を持つ何かを探しながら生きていくのだ。

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