「…なにしてんの」
「見ての通り、大掃除だけど」
俺が言うと、インターホンも押さずに入ってきた那智はリビングのドアノブを握ったまま少し笑う。さむいから早く閉めてくれ。そんな思いもむなしく、部屋のドアはガンッと些か不安な音を立てて開け放たれた。
「明らかに散らかしてんだろうが!」
ぶわりと埃が舞う。バイトの帰りだろうか、トレンチコートを纏った那智は大袈裟に咳き込みながら、リビングに広げられた教材の間を抜けてこちらに歩いてきた。どたどたと歩く那智によって、積み上げられた本たちが倒れて音を立てる。周りの部屋の人から苦情が来たらどうしてくれるんだ。
「あんた仮にも社会人、ていうか先生だろ!なに自分の横にアルバム積み上げて満足してるんだよ…!」
「あー!」
膝の上から那智達が卒業した年の卒業アルバムが取り上げられ、他のアルバム達と共にテーブルの上に強制退場となってしまった。慧くんと違う道を選んだ那智はなんだかんだ楽しくやっているみたいで、少しだけ一年前が懐かしくなる。
散々手を焼かせてくれた四人、散々ぶち壊してくれた六人、散々引きずり回してくれた二人。あの三人と彼女と、今でもたまに話をする。あれほど辛く、あれほど苦しく、あれほど楽しかった年はない。
「で?これ全部使うやつなの?」
感傷に浸っていた俺を引き戻したのは那智の声だった。本に囲まれて俺を見下ろす那智を、床にあぐらをかいたまま見上げる。
「いや、来年度からは使わないやつもある」
「ふーん。その辺は分かんないから、仕分けしてよ。その間に寝室片付けて来る」
「え、手伝ってくれんの?」
そう言うと、那智はコートを脱ぎながら、リビングダイニングを出て行こうとする。夕方の太陽の光に照らされながら鞄とコートを置いた那智を見て、俺はあわてて声をかけた。この季節だ、もうすぐに暗くなる。大学生とは言え、まだ未成年である彼をいつまでもここに拘束する訳にはいかないのだが。
「こんな散らかった部屋で年越ししたくないし」
ドアノブに手をかけた那智の動きが止まる。
スーツを着た那智の後ろ姿はどこか大人びていたが、こんな彼の声も、こんな彼の表情も、きっと知っているのは俺だけだ。なんて、そんな風に思えるほど大人になりきれていない俺のことを、彼は知っているのだろうか。しかもちょっとした大人の意地だって捨てられない、面倒な男なのだ。どんどん成長していく彼と、大人にいることさえ難しい俺。けれど、そんな俺たちが来年も一緒にいられるというだけで、俺はこんなにもあたたかな気持ちになれるんだよ、那智。
那智がこちらを見ていないことを良いことにゆるむ表情筋をそのままにして、俺は声だけに、ありったけの虚勢、余裕とやさしさを乗せて。
「那智、来年もよろしくね」
「…来年も掃除させる気かよ」
ぱたん、静かにドアが閉められた。