その日、外見にまでも著しく老化が表れてしまう程に老いた鴉、ニアルチは大きくなってきた王子達が去った部屋の中から窓の外を見つめて小さく嘆息していた。元気なのは大変喜ばしいことなのだが少々やんちゃが過ぎるのではないか、弱い身体を杖で支えながら物思いに耽る。

坊っちゃんは近頃晴れていれば食事を終えた後すぐに空へと飛び出していってしまい、ろくに勉学に励んで下さらない。元々聡明で要領が良い為問題はないのだが、王になった時にも自ら飛び出すような癖がついても困る。王には待つと言う試練が課されることもあるのだから坊っちゃんにはもう少し落ち着きというものを、

「子守でお疲れですか」

突然何処からともなく少し低めの声が響く。ニアルチがはっと思考を止め前方を見ると、開け放された窓の外に静かに羽撃く灰色の影が見えた。
小柄な身体、それに似合わぬ厚く大きな灰色の翼、其処に掛かる程に長く伸ばされた後ろ髪に鼻の辺りで適当に切り揃えられている前髪。隠された瞳は見えず、茶と黒と灰から青白い肌が浮かび上がっている。
その灰色が翼を器用に畳みながら窓から部屋に入ってきたことでようやく、ニアルチは我に帰って言葉を発した。

「いえいえ、最近は手が掛からなくなってらっしゃいまして」

それを聞いた侵入者は抑揚の無い声でそうですかと短く言うと一息吐いて、口を開く。

「少々暇を頂く事になりましたのでその旨をお伝えに」
「おや、これは珍しい」

ニアルチは視力の落ちた目を少しばかり見開いた。即位の日から常に王の側にいる彼が休暇を取るなどここ30年はなかったように思う。何故急に、ニアルチが問うより早く口を開くことで彼は鴉の質問を殺した。

「早く帰って参るよう善処は致しますが何かございましたらその際はお願い申し上げます、では」

それだけ言い残して、灰色は窓から飛び出して再び空の中に入り、その厚い翼を大きく羽撃かせて瞬く間に高度を上げていく。何処へ向かうのかが知れたら不味いのだろう、たちまち同色の雲の間に紛れてしまった後ろ姿を追わないようにニアルチは窓を閉めた。
もう自分も相当記憶力が落ちている、彼が帰ってくるまでの出来事をどこかに記録しておかなければならないだろう。まだ若い鳥達が空から帰ってくる前に筆を執るべく、何事もなかったように静けさを保つ狭い部屋を出た。




knows
(世にある全ての知識は三つに分けられる)
(既に知っていること)
(これから知ること)
(未だ)
(知らされていない、こと)

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