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 暑い。座っているだけで汗がにじむし、セミの鳴き声もなんとなく煩わしい。
 麦茶の入ったコップも汗をかいているみたいに、冷たい雫を垂らしている。縁側で麦茶と一緒に横になり、巨人みたいな積乱雲を眺める。ちりんちりんと風鈴が涼しげな音を鳴らしてくれるけれど、風鈴を鳴らすその風も生暖かい。
 でも、清々しいくらいに青い空だけが、妙に涼しげだった。
***
 暑さのせいでぼんやりしていたら、寝てしまったのだろうか。意識がはっきりした頃には、近くの麦茶はもうぬるくなっていて、ああやっぱり寝てしまったんたんだな、と肩を落とす。
「あ、起きた?」
「えっ!?」
「ふふ、久しぶり」
 起き上がると、目の前には、いつかの透けるような君がいた。懐かしい、ふにゃりとした笑顔に、ぐっと胸が熱くなる。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。こんにちは、菜子」
 彼はにこにこと笑いながらこちらに駆け足で寄ると、私のとなりに座り、「ひさしぶり」と囁いた。私はどきどきと心臓が高鳴り、君のその白い指にどうしても触れたい衝動に駆られた。信じられない、これは嘘だと思いつつも、目の前の甘い現実には、どうしても耐えられず、彼の指先に自分の手をかざした。冷たいけれど、確かにその手は君の手だった。
「どうしてここに? もう遠いところに行っちゃったのかと思った、のに」
「戻ってきたんだよ、特別にね」
 彼はそう言うと、少し悲しそうに微笑み、私の手をぎゅっと握った。
「そっか。元気ならよかった」
「うん、君もね。元気ならよかった」
「うん。私は大丈夫。それに、君に会えたから、この先どうにかやっていけるよ」
 二人の手を握る力がぐっと強まる。自然と肩が近づく。私はごく自然に彼の肩に頭を預ける。そして、涙をこらえながら、言葉を紡ぐ。
「変わったね。もう私よりもずっとずっと大きいし」
「そりゃあ、男だもんね。君より小さかったら笑い話だ」
「はは、私も今の隆之介の方がカッコいいかも」
「うん、よかった」
 しばしの沈黙。彼の体温は、あの頃よりもとても冷たかったけれど、それでもとても心地よかった。ちりんちりんという風鈴の音とセミの鳴き声。でっかい積乱雲。生ぬるい風。全てに身をゆだるなか、彼はぽつりと呟いた。
「……もうそろそろ帰らなくちゃいけないんだよな」
「ホント?」
「ああ。ごめん。僕も本当は君とずっと一緒にいたいけれど、ごめん」
「わかって、る……」
 わかってたはずなんだけれど、言葉がつまり、鼻の奥がつんと微かにしびれて、目頭がじわじわと熱くなる。
「でも、大丈夫。ずっと僕は君のこと見守ってる。君をずっと思ってる。離れ離れなんかじゃないよ。ずっと一緒なんだ」
「分かってる」
「愛してるよ、ずっと」
「私も愛してる、ずっと愛してるよ」
「お願いだ、泣かないで」
 気づくと私は声も漏らさずにただ涙だけ流していた。彼に言われて初めて気づく。彼が泣いている私を、強く強く抱きしめるものだから、私はもうこらえきれずに涙を流した。
「待ってて。あと数十年で、行くから……」
「うん、待ってるよ。ああ、もうダメみたいだ」
 がむしゃらで抱きつき、透けていく彼の体を離さないようにするけれど、でも段々とその感触は薄れていった。
「待ってて。未来で待ってて。愛してる、愛してるよ!」
「ありがとう。僕も愛してる。僕は幸せ者だよ。ずっと待ってるからね」
 彼はそう言うと一粒涙を流して、すっと消えていった。
***
「っ!」
 はっと目が覚めると、どうしてだか、頬が濡れていた。麦茶のかいた汗ももう乾いていて、もう随分時間が経ったのだなと思う。
 横たわっていた体を起こし、右手を眺める。
 確かに、君と繋いでいた右手だ。
「うっ……」
 君は、となりにはいなかった。かすかに期待していたが、もう彼の姿は跡形もない。その代わりに、彼のかぶっていた帽子と、その中には紙切れが入っていた。確かに、あれはただの夢ではなかったのだ。
「うわああぁぁぁああ……っ」
 帽子を抱きしめて、もうしばらく会えない君を思い、声をからして泣いた。甘くもない、苦くもない、涙だ。
 積乱雲と風鈴とそれからセミの鳴き声はずっとそれを見守っていた。
 もうすぐ、夏が終わる。


あの日の夏は永遠に

***
色糸さまに提出。


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