ダスティーミラー

よく物事を忘れるようになった。

ちょっとうっかりというレベルではない。

出かける約束を忘れてすっぽかしたりするのは序の口。

お揃いで買ったカップもイヴァンが誕生日にプレゼントしたぬいぐるみも。

「あれ、こんなの俺持ってたっけ」

なんて言って忘れちゃうんだ。

最初はイヴァンだって体調が悪いからとかただのうっかりだと考えていた。

今日までは。

「おはよう、ギルベルトくん」

ガチャ、といつものように扉を開く。

ベッドの上にはだらしなく寝ているギルベルトくんがいる。

「ほら、朝だよ」

「ふぁ〜なんだ、よ…」

欠伸をしながらギルベルトはこちらのほうを見る。

瞳を丸くしてまるで初めて会ったような顔で。

「お前、誰だよ」

誰だなんて聞かれるのはマシューくらいだと思っていたイヴァンは拍子抜けする。

「なにそれ、ジョークのつもり?」

「いや、本当に何も覚えてない。お前のことも、なんでここにいるのかも」

「頭でも打ったの?」

尋ねる声が震えていた

国が突然記憶喪失になるなんて、まるであの小さな男の子を思い出すようで。

「かもな、また何かの衝撃で治るだろ多分。心配すんなって!」

ケセッと特徴的な笑い声を出す。

性格は引き継がれているようだ。

でも、それだけでは安心できない。

あの男の子だって性格の変動が少なかっただけで別人と言っていいくらいに変わってしまっている。

彼は記憶と共に消えて、そしてもうどこにもいない。

「名前は言える?」

「プロイセン」

「僕のことは?」

「知らねぇ」

「ドイツくんは?」

「弟」

「イタリアくんは?」

「ヴェストの友人、いろいろ助けてやったな。イタリアちゃん可愛いぜ!」

「日本くんは?」

「弟子、あとヴェストの友人だな」

立て続けに聞く。

自分で聞いた言葉が信じられなかった。

「もしかして僕との記憶とここにいた思い出だけがないっていうことなのかな」

「あぁ」

じゃあ、今まで僕がギルベルトくんと過ごしてきたことは全部無駄になったということなの?

がくり、と膝をつく。

まるで心臓をなくしてしまったみたいだ。

体の真ん中から大切なものが抜け落ちていく感覚。

もうどうしようもない。

「おい、大丈夫か…」

「大丈夫じゃない!そんな…信じられないよ!だって僕達は」

「落ち着けって」

ギルベルトがなだめようとする。

そんな声もイヴァンの耳には入らなかった。

「恋人だったんだよ…!」

予想外の言葉を聞いて思わず一瞬固まったが、ギルベルトはイヴァンの手を引いてひとまずベッドに座らせる。

「またそういう関係になればいいじゃねーか」

「もう君は僕のギルベルトくんじゃないよ」

ぐすっとイヴァンは鼻を啜る。

記憶喪失なんていつ治るかわからない、もうギルベルトくんは戻ってこないかもしれない。

今にも泣き出しそうな相手を目の前にギルベルトがオロオロしていると携帯に電話がかかってきた。

「悪い、電話だ。…よぉ菊」

『おはようございます、ギルベルトくん。昨日は大丈夫でしたか?』

「昨日?昨日なんかあったか?」

『飲み会でアーサーさんのほあた☆がまた直撃してたじゃないですか。あれから何もありませんでしたか?今回も何も変化ありませんよね?』

「あ、あぁアレか。アレのせいか。今一部が記憶喪失中で…」

えええええっと菊の驚いた声が電話口から飛び出す。

それはイヴァンの耳にも届いた。

『アーサーさんは素直になれる魔法をかけようとしていただけのはずでしたが…。大変じゃないですか!とりあえず頭を殴ってみてください』

とんでもないことを菊は言い出す。

なお言われた本人は絶句した。

『ダメ元ですよ、頑張ってください!』

「そうだね、その手がまだ残ってたね」

ゆらりとイヴァンがギルベルトに近寄る。

右手には水道管がいつの間にか握られていた。

「いやいやいや!ちょ、待てってイヴァン…!」

咄嗟に口から出た名前にギルベルトは驚く。

まだこいつから名前は、聞いてない。

イヴァンも、目を丸くして攻撃を寸前で中止する。

「僕のことを思い出したの?」

「いや、多分まだ名前だけだと思うぜ」

『でもこれはいい傾向ですよ、ギルベルトくん。ところで一部の記憶喪失というのはイヴァンさんのことだったんですね。記憶喪失というわりにはいつもどおりだし、私のことを覚えているようだったので悪戯だと思ってました』

「おい、じゃあさっきの殴れっていったのは」

『はい、ちょっとした冗談でした』

「命の危機だったんだが!」

『恐れ入りますすみません』

二人の会話を聞いているとイヴァンは次第に落ち着いていった。

記憶喪失は大体ほあた☆のせいで、徐々に記憶は戻ってくるかもしれない。

アーサーくんもあとで責任を取ってくれるだろう。

なにより目の前のギルベルトは紛れもなく以前のままだ。

「なんだぁ」

今まで黙っていたイヴァンが声を出したのでギルベルトが注意を向ける。

「悩むのが馬鹿らしくなっちゃった。早く思い出してね」

「Ja!」

記憶が完全に戻るまであと7日。














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