空洞

もう僕から逃げることはないだろう。髪をなでつけて自分好みに着飾らせては優しい声をかけ愛を注げるだろうと。どれだけ声をかけても彼の瞳にはもう生気が戻らないのだと思うとどんな行為もむなしいだけだった。

「動いてよ、前みたいに」

力を込めると手の中で音が鳴る。ぽきりぽきりと折れていく。

かつて彼が動いていたのも今では幻でしかない。くたりと力なく横たわる体を握りしめれば関節がまた外れた。ぽとりと地面に落ちた音は、腕が落ちたのか涙が落ちたのか、それともその両方か。痛みなど感じない無機質な体のはずなのに歪む顔が見えた気がしてそれを追い求めるべく傷つけていった。自分が見たかったのはそんな表情ではなかった。けれど今はこれしかない。彼が生きて動いていた証、他のドールとは違うなにかを感じるのは。

「そいつはもう動かねぇよ」

弾かれたように後ろを振り返るとアーサーはイヴァンの手からギルベルトをとりあげた。

「魔法の効力が切れた。諦めろ」

返して、と懇願する手を払いのけてアーサーはイヴァンによって外された四肢を拾っては元通りにはめこんだ。

「こいつとの約束だ。お前の支えになってやりたいという願いを叶えてやった。こいつにお前は何をした?愛して、そのせいで壊れた。魔法も解けた」

「やめてよ」

「動かなくなったのはギルベルトの意思だ」

「やめて!」

耳を塞いだがアーサーの声はしっかりと耳に届いていた。

「今まで楽しかっただろ、ごっこ遊び。楽しかったのはお前だけだと思うけどな。一度逃げ出したくらいだ、よっぽどお前の事が嫌…」

大きな音をたてて水道管が壁にめり込む。直に当たっていればとんでもないことになっていただろう。壁の悲惨な状態を見てアーサーは身震いした。

「帰ってよ、もうドールも返さなくていい。空っぽのギルベルトくんなんかいらない」

頷く他はない。お望み通りさっさと退散することにする。扉が閉じ、イヴァンはまた一人になった。

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