届かない声

今でも目を閉じればあの頃の楽しかった思い出が蘇る。ハンガリーの家の服を着ていたイタリア。俺に絵を教えてくれたイタリア。純粋に楽しく遊ぶ事ができた猫祭りの日のイタリア。なかなか素直になれなくてイタリアを怖がらせてしまった事もあったけど、あの頃はまだイタリアの傍にいる事ができたんだ。たとえひとつになることはできなくても。今は傍にいる事さえ叶わない。歩き回る事も厳しい状態。日に日に体調は悪くなる一方で身体はボロボロになっていく。イタリアとの約束も守れないかもしれない。会えないまま俺は終わってしまうのかもしれない。何も知らないイタリアが俺がいなくなった事に気付いて悲しむのは嫌だ。会えないまま終わるのも嫌だ。絶対にまた会うって約束したんだから。イタリアはずっと待っていてくれている。俺はどうしようもなくイタリアに会いたかった。 

「俺をイタリアのところに連れて行ってくれないか」 

部屋に入ってきたハンガリーを見て俺は開口一番そんな事を言ってみた。ハンガリーは困ったような顔をしている。それもそうだ。突然こんな事を言われても困るだけに違いない。しばし迷って彼女は手に持っていたものを机に置いて、ベッド脇の椅子に腰掛けた。 

「イタちゃんにどうしても会いたいの?」 

彼女の言葉にコクリと頷く。 

「絶対会いにいくと約束したからな」 

もう全て終わってしまうのだとしたらせめてイタリアとの約束だけは守りたい。願わくば、もう一度だけでもいいからイタリアの笑顔を見たい。 

「でも会いに行ける身体じゃないわよね。早く病気を治さないと…」 

首をぶんぶんと振る。きっともうこの身体の病気は治らないから。内側からぽろぽろとあっけなく崩れていって終いには消えてしまうだろう。 

「身体が弱いんだから無理しちゃ駄目でしょう?ね?」 

諭すような口調につられて、涙がぽろぽろと零れ落ちる。どうしても無理なんだろうか。俺が消えないうちにイタリアにもう一度だけでも会うのは。

「ほら、泣かないで……私はもう行くから、大人しく寝ていてね」 

悲しそうにハンガリーが席を立つ。そうして彼女が部屋を出るという時になって俺はようやく口を開いた。 

「紙とペンを持ってきて…欲しい」 

目をごしごしと擦って涙を拭きながらぽつりと呟く。 

「イタちゃんにお手紙?」 

ハンガリーはそういってすぐに紙とペンを持ってきてくれたので、部屋に一人にしてもらってから俺はペンをとった。

親愛なるイタリアへ 

久しぶりだな、そっちは元気だろうか。俺は今はいろいろあって大変だがまだ大丈夫だ。今まで手紙を送らなくてごめんな。俺はいつまでも子供のままだけどイタリアはきっと成長したんだろうな。イタリアにすごく会いたい。だけど戦争は終わらない。身勝手な話になるが、会えないままで終わってしまいそうだ。絶対会いに行くって約束、したのにな。ごめんな、守れなくて。でもイタリア……俺はずっとお前の傍にいるぞ。俺を忘れないでいてほしい。今までありがとう、イタリア。 

神聖ローマより

手紙を書き終えたところでハッとする。これを届けたらイタリアをきっと悲しませてしまう。そんなことになるくらいなら、静かに消えていった方がいいのかもしれない。たとえ結末を先延ばしにするだけだとしても。自分から終わりを告げるのには躊躇いがあった。最後まで悩んだ挙句に俺は書きあげたばかりの手紙を小さく折りたたんで、机の引き出しの中に隠す。これでいいんだ。この手紙はイタリアには届かない。届けない。そう決めて、俺はベッドに横になって目を閉じた。 

「ボク、ネコだよ。にゃー」 

いつの間にか猫耳をつけたイタリアが立っている。傍にいることができたあの頃の、猫祭りの日に戻っているようだ。イタリアがすぐ傍にいるということはこれはきっと夢なのだろう。束の間の夢だと理解して自分の手を何の気なしにふと見ると、昔のように今よりも小さくなっていることが分かる。イタリアがいるというだけで幸せな気分になって二人でひとしきりにゃーにゃーとないた。あの頃のままのイタリアが笑っている。俺もつられて笑顔になる。そうこうしているうちにだんだん視界が暗くなっていった。夢から覚める予兆のようなものだろうか。それは嫌だ。もう少しあの頃のイタリアと楽しく遊んでいたい。イタリアの名を叫び、手を伸ばす。どんなに手を伸ばしても手は空を切るばかりだったが、突然周りがパッと明るくなった。闇に慣れ始めていた目には眩しく、反射的に目をつぶる。 

次に目を開いたとき、そこはイタリアと別れたあの場所だった。小さい頃の自分とイタリアがそこにはいるけれど、二人にはこちらが見えていないようだ。そして、いつの間にか俺自身は今の身体の大きさに戻っている。ここに自分がいるのに過去の自分を目の前で見るというのは、なんとも言い難い複雑な気分だ。 

「いっぱいおかしつくってまってるね!あと け、けがとか病気とかしないでね。絶対また会おうね!絶対だよ!絶対ねー!」 

「何百年たってもお前が世界で一番大好きだぞ!」 

ふいに過去の自分の身体が影に覆われる。驚いて固まっているうちにぱちんというような音と一緒に過去の自分は一瞬で消えてしまった。イタリアも消えているのかと思ったら丁度建物の角を曲がっていく姿を見つけたので、慌てて後を追いかけたが角を曲がってもイタリアはいなかった。焦ってがむしゃらに捜し回って、ようやく見つけたのは広い庭の一角だ。息を切らしながら立ち止まって遠くからイタリアを見つめる。俺がいなくなったあとの猫祭りの日なのだろう。イタリアは猫耳を頭につけて一人でぽつんと佇んでいた。どうやらまた場面が変わったらしい。 

「神聖ローマがいないとつまらないなぁ・・・」 

ぽつりとイタリアが呟く。俺はその場から固まったように動けなくなっていた。届くかどうかもわからない声さえ出す事ができずにその場に立ちつくす。 

「ねぇ、どこにいるの?神聖ローマ」 

イタリアの声が静かな庭に響くのを、俺は何もできずに見つめることしかできなかった。 

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