秘匿



 がしがしと乱暴に撫でる手つきも俺を守っていたあの背中も確かに好きだった。いつからだろうか。尊敬や憧れという気持ちの域を超えたのは。

 こんな気持ちに今更気づきたくはなかった。俺は、兄をもう兄としてなど見ていない。本来は女性に抱くような感情を兄に向けてしまっている。

「兄さん…」
 
 寝ている彼にそっとキスをすると、肩がピクリと揺れた。一瞬起きたのかと思ったがそのまま寝息をたてていたのでどうやら気づかれなかったらしい。焦って激しくなった動悸を落ち着かせると、落ちていた毛布をかけなおす。

「おやすみ、兄さん」



 騒がしい酒場のなか、ぐいっとビールをあおる。傍にはすでにいくつも空のジョッキが転がっていたが、そんなことは気にせずもう一杯を頼んだ。

「ちょっと飲み過ぎじゃない?」

「うるへー、もっとだ。全部忘れちまいたいんだよ。もうどうすればいいかわかんねぇ」

 ぽろぽろと涙を零しながらフランシスをポカリと殴る。その勢いでバランスを崩した身体を支えられた。

「ほんと飲み過ぎだよ、お前が人前でそんな風に泣くなんて酔ってたってありえないもん…あ、さっき頼んだビールはあそこで騒いでる眉毛にもっていって」

「んだとこらぁ!誰が眉毛だ、くそ髭むしるぞ!」

 後方から明らかに酔っぱらった様子の怒鳴り声が聞こえてくる。誰の声なのかさえ、もうわからないくらい人の事が言えないほどに自分も酔っぱらっていたけれど。

「ちょ、ちょ、やめて。こっちこないで!アルフレッド、あの酔っ払いなんとかして!」

「えー、また俺が連れて帰るのかい!?全く世話が焼けるんだぞ!」

 嫌そうな反応にしては素直にアーサーを羽交い絞めにする。じたばたと暴れる彼を無理やりひきずって二人は店を出ていった。それを見届けるとフランシスが俺の腕を肩にまわす。

「俺、家に帰りたくねぇんだけど」

 目元を拭いながらフランシスに拒否の意を示したが首を横にふられ、そのままひきずられていく。身体にはもう力など入らなかった。

「なぁ、何かあったんだろ。お兄さんなんでも聞いちゃうよ?」

 歩きながら喋るフランシスの声を聞きながらぼんやりと考える。どうしてこんなことになったのか、その原因を。

 いつものように寝ていた。そこまではいいだろう。弟があんなことをしてくるまでは。

 してはいけない禁忌というわけではない、昔はともかく今は違う。許してしまうのは簡単だ。けれどそれで本当にいいのだろうか。弟のことを考えているようで実はただ流されて考えを放棄しているだけのように感じられる。

「まぁ無理に話せとは言わないけどさ」

 返答がないのにしびれをきらしたのかフランシスは首をふった。それに気づいてようやく顔をあげ、ぽつりと問いかける。

「国は想いを受け入れてもいいのか」

 驚愕に見開かれた目が俺を捉えていた。俺が色恋沙汰に巻き込まれているとは全く想像していなかったに違いない。

「フェリシアーノちゃん達がどうなったのか、お前だって知ってるだろ。どうしたって残される側は辛い。俺達は国だ。何百年と失った悲しみを抱え続けなきゃならねぇ。そんなふうにさせるくらいなら受け入れないのも手だよな」

「ちょっと待って何の話。それじゃまるで」

 お前が消えるみたいじゃないか。震える唇が呟いた言葉は闇に消えていった。



 次に目が覚めたとき、天井はいつもと同じで俺たちの家だった。酔っていたとはいえ眠りにつく前のことはある程度覚えている。そういえばフランシスは、と視線を動かせば机の上に紙切れが置いてあるのが目に入った。折り畳まれたそれを開くとルートに任せるということが書かれており、どうやらフランシスはもう帰ったようだ。

「兄さん」

 ぞくりとして冷や汗が伝った。どんな表情で顔を合わせていいかもうわからない。不自然に天井を見上げてヴェストから視線を外す。

「よ、よぉヴェスト!昨日は飲み過ぎちまってよ。悪かったな」

 ケセセと続けて笑ってみたのはいいものの、声に元気がないのがまるわかりだった。何かあったのかと声をかけられて首をふるのが精一杯だ。近づいて額に手を当てられる。触れられたところが妙に熱い。ヴェストは風邪だと思ったようでゆっくり休んでくれ、と俺を再びベッドに押し込むと部屋から出ていった。押し込まれるとき変に意識してしまったのは日記に記さないでおこう。

 弟が家を出るのを確認するとかけることすら躊躇する相手、すなわちイヴァン・ブラギンスキの番号を押して電話をかけた。三コールほどでやつがでる。珍しいね、どうしたの。のんびりした声が電話越しに届くと俺は意を決して飯に誘ったのだ。君みたいに暇じゃないんだけどね、と微妙に失礼なことを言いつつも承諾されたけれど俺は今日の会議場の近くの店を指定して家をあとにした。



「好意を寄せられたときにどう対処するか?そんなこと聞くために呼び出したの?」

「それからたまにはお前と飲んだり食べたりするのも悪くないと思ってよ」

「君の友達が今は会議の真っ最中で僕しかいなかっただけでしょう」

 小首を傾げながらニコニコ笑うイヴァンに恐怖を感じつつ平謝りすると怒ってないよと返ってきた。

「本題に戻るね。それを聞くのってもしかしてルートくんの件かな。告白でもされた?どうみても君達って両想いなのにまだ付き合ってなかったんだ」

ぶーっと口からビールをふきだす。汚いなぁとイヴァンが顔をしかめたが俺はそれどころではなかった。

「どっ、どこをどうみたら俺も好きなように見えるんだよ」

「顔に書いてあるよ。ほら、今だって顔真っ赤!」

つんつんと頬をつつかれる。いや、真っ赤なのはビールのせいだろ!と返したがそれだけではなかったのは自分が一番よくわかっていた。

「兄さん、ここにいたのですね!兄さん!」

「ひっ」

イヴァンが座っていた椅子がひっくり返る。立ち上がってお金を机に置くとまた今度!と叫ばれて止める間もなくやつは店を出ていった。あとに残った妹を椅子に座ったまま見上げると小さく舌打ちをされて睨まれる。しかしすぐに興味をなくしたらしく兄を追いかけることにしたらしい。去っていくのを見送ると、イヴァンが倒した椅子を元に戻して溜め息をついて潰れるまで酒を飲んだ。



電話を受けて酔っぱらった兄を迎えに行くともう既に自力で歩けない様子だった。風邪で寝ていたはずなのに会議場の近くで酒を飲んでいたとは思わなかったから電話を受けたときは驚いた。俺が店に到着すると、朝の不自然な避け方が嘘のようにベタベタと寄りかかってきて正直鬱陶しいくらいだ。

「おい、兄さんいい加減に離れ」

「俺が好きなんだってよ」

 ろ、と続けようとして固まる。何の話だ。兄に注意を向けるととろんとした瞳と目が合う。

「お前はどう、なんだよ」

どくんと鼓動がなる。素直に言っていいのか、言ったらどうなるのか。そもそも酔っ払いの戯れ言に過ぎないだろう。首にするりと絡みついてくる腕に耐えきれす、そのまま身を屈めて口を塞いだ。

「…………俺も同じ気持ちだ」

「やっと言った、な。俺もお前も」

にやりと笑って頬に口づけてくるのをもう抑えられないからとやんわりと制止して聞く。

「気づいていたのか」

「いや、最近までお前の気持ちにも俺の気持ちにも気づいてなかった」

制止する手を押し退けてなおも口づけを強張るので仕方なく手を外した。そのまま何度も啄むようにすると、息が続かずにぷはっと苦しそうな声をあげた。

「ん……はぁっ…顔に好きって書いてあるって言われてさ、それなら隠したって意味ねぇなって思って、よ…」

ぎゅうと抱きしめられて服にしわが寄ったが気にしていられなかった。構わず勢いに任せて抱き返すとふわりと笑う。

「言いたいこと言わないまま心の中にしまっちまうのは苦しいしな…んっ…」

何度も何度も口づけでいく。触れたかった、ずっと。今まで抑えていたぶんがせきを切ったように溢れ出す。

「……ヴェストそれ以上はもうここでは、やめ…」

伸ばした腕の手首を捕まれてはっと我にかえる。周りを見渡せば囃し立てるもの、目を塞ぐものなどそれぞれ様々な反応で二人を見つめている。

「…………あ」

ぴしりと石のように固まったルートヴィッヒがショックから抜け出せたのはそれから数十分は経過した後だった。


[ 22/27 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

戻る







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -