もう、無理なんじゃないだろうか?

 何をどう考えても、逃げる手段が思い浮かばない。

 例えば、今こうして私にのしかかっている雷光を何とか振り落とすことが出来たとしても。

玄関まで走って、傘立てをうしろの二人に向けて蹴飛ばしても、チェーンを引き上げ上下二段の鍵を回したところでこの距離なら二人は走らずにも再び私の腕を掴むことが出来る。

 ノブに触れる前だ。

 そろそろ、物事を深く考えること自体が面倒臭く、抵抗することも億劫に思えてきた。

 私の諦めモードを感じ取ったのだろうか、雷光に賢明だねとか言いながらご褒美みたいに頭を撫でてくるが、やはり、全く嬉しくない。

 お前におさえつけられてるから動けないんだよと悪態をついたが、雷光のあの耳、良いのは形だけで、都合の悪いことは捕らえられない不良品らしい。

 しっかと腰をおさえられ、緊張で少しだけ潤んだ私の目を見る雷光はやはり欲情仕切った顔つきで、分かっていてもつい怯えを含む私にいっそう昂揚した瞳が光る。

「怖いのかい? そう、初めてだものね」

「そんなタマじゃねぇだろ、なぁ?」

 かき混ぜるようにして聞こえた雪見の声は、楽しんでいる以外の何ものでもない。

 怖くないわけないだろ馬鹿。

 思ったものの、雪見にそんな風に言われたらプライドが頭をもたげてしまうのは否めなくて、でも「怖くなんかない」と開き直りにかかることも、それが口先だけで強がっているだけなのも、全部先にわかっていて彼は言っていた。

キッと恨みがましく睨んで、お望み通りもう一度暴れると、

「そうこなくっちゃ」

ぬけぬけと吐きながら、雪見はばたつく私の両腕を簡単にとらえて、頭の下で押さえつた。

 腰を抱き抱えたままの雷光に右頬を、ソファーのひじ掛けに腰をかけた雪見に頭上から左頬を。

 するりと撫でられて、顔を包むその手の大きさに、私は赤子同然だなとかなり悔しかった。


 もういい、暴れても愉しまれるだけだから適当に流されてしまおう。

 さらば私の初めて。

 二度と戻らない純心乙女。

 一発目が二人なんてどうかしてる。

 死にはしないだろうか、不安が過ぎる。

 意識と別のところで無理矢理与えられる快楽には、どうせ身体は無意識に逃げと抵抗を試みるのだから、その程度の抗いで雷光がおきに召してくれると助かるのだけれど。

 ことの始まりを思い出せばそれは望めないかもしれないな。

 何せ私の泣く顔が見たいのだそうだから、泣くまでするのだろう。

 雪見に至ってはたちの悪いことに、自分でそれをするよりもそうされている状況を見て笑う位置が似合うやつだから困る。

 私は私でプライドがものを言って、極限まで涙を我慢してしまう自分が目に見える。

 冷静に涙を流すよりは我慢をする方が私にとっては本能的だ。

 さっさと泣いてしまえばいいものを、そこまで器用じゃないなと試す気力もない私もどうかしている――。


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