すぐに影がさして、ソファーの向こう側から雪見の顔が覗く。

「いい眺めだな」なんて冗談めいた口調で言いながら、いつものあのひねた子供っぽい笑顔を見せているくせ、目だけがいやにねっとり私を舐めた。

 スカートが既に意味を持たないくらいめくれてるとか、ブラウスが胸元までたくしあげられてるとかそんな状態を見られることにも今は特に抵抗がなくて、とにかく「助けろ雪見」と救いだけを求めて手を伸ばす。

 すっと目を細めた雪見は僅かに揺らいだみたいだったけれど、中立を保っているつもりか、背もたれに乗っただけで滑り落ちてゆく私の手を目で追ったまま、やはり行動は起こしあぐねているようだった。

 いたたまれなくなって上半身を捩るけれど、お腹の上には雷光ががっちりと乗ったままで、やわらかいソファーの上では体を起こすことも出来ない。

「雪見……っ!」

「雪見先輩」

 どんなに仲がよくも、嫌なものは嫌だ。

 少なくともこのやり取りだけは雷光に負けたくない、否、女の価値的に負けてはいけないのだと半ば必死になって、“いいから助けろ”を“お願いだから、助けて”に和らげつつ、最後の救いをとにかく睨み続けた。

 途端に雪見の目の色が変わったのが分かって、あ、やばいって思った。

 雷光が私に言ったことを考えると、視線や表情っていうのは意外なところで引き金となってしまうらしい。

 さっきまでただ人を茶化していただけの緩い表情が消えて、しっかりはだけた私のあられもない姿と雷光の結構真剣な顔を交互に探り、雪見の中でそれなりの熟考が続いている。

 そうか、素知らぬ顔を決め込んでいたわりにはここで悩むのか。

 くそ、意志の弱いやつめ、情けない。

 雪見の、ち、と舌打ち一つに続き(舌打ちをしたいのはこっちだ)ついに吐き出された言葉はこれだった。

「しゃぁねェな」

 ん?

 それって、私、雷光、どっちに対して?

 立ち尽くしていたままの雪見の姿がふっと見えなくなった。

 キーボードとマウスのクリック音が聴こえ、パソコンがスリープ準備に入った短いメロディーで締めくくられる。

 嫌な予感が私の背筋をかけた。

 聴覚で雪見の行動を追えば、彼はまず部屋を出て玄関に向かったらしい。

 そして、よからぬ金属音がこの部屋まで届く

「あぁ! 雪見、今鍵かけた!?」

「ほらね、やはり誘っているように見えるのだよ」

 云ったでしょう。

 見下ろして来る雷光は笑っても怒ってもいなくて、ただ、どうして分からないんだいと、まるで不出来な子供を見るかのように少しだけ眉間に皺をよせていた。

 かく言ううちに、ああ、ご丁寧にドアチェーンの音までする。

 ついでにその前に傘立てが置かれたようだ。

 厳重だ。

 念を入れないと、ふとした隙に私は逃げる、全力で逃げる、なりふり構わず逃げる、幾度となく雷光の腕を振り払ってきたその実績(というか意地)が評価されているのだろう。

 嬉しくない。

 余分な行動もなしにさっさと戻って来た雪見が部屋のドアを閉めたが、照明のスイッチは素通りした。

 電気を消すとかせめてもの計らいは頭にも、いや、頭にあってもしないようだ。

 変な趣味は無いなんて断言したわりには完全なSっ気が溢れている。

 どいつもこいつも勘弁してくれ。


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